無我夢中、一心不乱に走って我が家へと帰宅した私は、
風呂に入って普段通りにテレビ見て普段通りに布団に入った。
つまるところ普段通りだ。しかし頭の中はぐるぐる、ぐちゃぐちゃ。
さながら止まることを忘れた洗濯機のように思考がぐるぐると回転する。
一緒に過ごす時代が変わってしまっても、互いの立場が変わってしまっても、
何も変わらないと思っていた。変わるものなんてないと思っていた。
自信があった。変わるはずがないさ、私と元就さんなんだからと暢気に思っていた。
でも、変わってしまうとしたら。
私は変わってしまったのだ。男から女に変わってしまったのだ。
外見だって男と女じゃ当たり前だけど全然違う。一緒だったらむしろ悲しい。泣ける。
年齢だって以前は同い年だったけど、今は元就さんの方がひとつくらい上なんじゃないだろうか。
それがどうした、だからなんだという声も頭から上がる。そうだそうだ。それで何が変わるというのだ。
でも、もし何かが変わってしまったら。自分でもよく分からない思考がぐるぐるとループする。
誰かこの壊れた洗濯機のコンセントを抜いてくれ。
02:小さく揺れているのは過去か未来か
ぶちっと視界が黒くなる。
誰かがコンセントを抜いてくれたのか。なんて阿呆なことを考えてみたりもしたけど、
よくよく考えれば普通に寝ただけだろう。ということは、これは夢の中。
真っ暗な空間にふよふよと漂う手足は自分のものだ。
何故真っ暗なのに手足が見えるかって聞かれると、…何故だろうか。
そうだ分かったぞ。自分が発光してるんだ。それなんてホタル?というつっこみはしないことにした。
ふより、ふよりと不思議な感覚が心地良くて、なんだか眠くなる。
夢の中なのに変だなと笑うと、眠る前に考えていた色々なごちゃごちゃした気分も
少しは晴れていくような気がした。元来悩むのは苦手なタチなんだ。はは。
なんだろうな。私の中で、何かすごくでかい不安感があって、しかしその原因が分からない。
分からないからこそ不安。悪循環のループである。やんなるね。
ヘッ、とふてくされて息を吐くと、目の前の空間がふわりと明るくなる。
え。なにこれ、なんの不思議現象が。私が『ヘッ』とか行儀悪く言ったせいか。そんな馬鹿な。
驚きでぱちぱちと瞬きをしていると、その光はだんだん人の形になっていく。
ここで神様登場とかだったらどうしよう。死神は勘弁。まだ死にたくない。
そんなことを考えていると、一際光が強まった。眩しくて目を閉じる。
さあ、なんのお出ましだ。神様か、死神か、それとも別のファンタジーか。
よく考えればこれは夢なのだ。何が起こっても不思議ではない。
覚悟を決めてぱちりと目を開けると、神様でも死神でもない姿。
「」がいた。
…ちょっと、この展開は想像していなかった。
くるりと目を丸めていると、目の前の「」は、おかしそうに笑う。
その顔を見て、あ、やっぱり笑顔はいけてんじゃないのかと場違いに思った。
ひさしぶり、って言えばいいのかな
「」の口が動き、頭の中に直接声が響く。そうか、「」はこんな声をしていたのか。
当たり前だけど、普通に男の声だった。中々いい声をしている。さっきから自画自賛が多い。
私も返事を返そうと声を出すけど、喉が震えて空気を振動させることはなく。
「」の声と同様に、私の声も頭の中に奇妙に響いた。
ひさしぶり、って言っても、私にとってはそんなに久しぶりじゃないけどね
そっか、まだそっちに戻ってそんなに経ってないよな。うっかりうっかり
そう言って彼はへらりと笑う。私にとっては見慣れた、というかやりなれたその表情。
最初はなんだこれは、と驚く気持ちでいっぱいだったけれど、
やはり10年も過ごした自分は馴染み深い。警戒しろというのが無理な話である。
夢の中で自分と話す機会なんてそうはない。だったらとことん楽しんでやろう。
そう思って私もへらりと笑うと、「」も嬉しそうに笑った。
なんか、悩んでるね
やっぱ分かりますか
分かるよ。だって「おれ」のことだから
はは。ですよね
何故こんなに悩んでるのか、わかんなくて悩んでます。
眉尻を下げて笑うと、「」も困ったように微笑んだ。
野となり山となっても、結果は結局同じだったりするんだよね
独り言のようにぽつりと呟かれた言葉が、妙に耳に残った。
私と「」以外は何もない空間で、私はぐいっと背伸びをする。悩むと肩がこる。
夢の中でまで肩こりたくない。肩こりなんぞ現実世界のみでたくさんだ。
男と女って何が違うんだろう
色々違うだろうね。それは「おれ」になって分かったはずだろ
さすがに10年も過ごしたらね
でも、「」はそんなことで悩んでいるんじゃないだろ
「」が何を悩んでいるのか当てて見せようか。そう言って「」は笑う。
お気に入りだった濃紺の着物がゆらりと視界で揺れる。
「おれ」にとって、元就さんは友人だ
私にとっても、そうだよ
本当に、そうかな
なにが言いたいの
首を傾げると、「」は結論を言うときの癖でびしりと人差し指を立てる。
『果たして、男女間の友情は成り立つのか、という話だよ』
「」はそう言って、消えた。
と同時に視界が明るくなる。見えたのは見慣れた自分の部屋の天井だった。
なんだったんだあれ。白昼夢か。ちがう、白昼夢は意味が違う。
どこか重い頭を抱えて、それでも朝は朝なので私は普段通り出勤する。
「果たして、男女間の友情は成り立つのか、という話だよ」
道中、夢の中の「」と同じように呟いてみたけれど、
もやもやとした気分はそのままだった。嫌になるねまったく。
気の抜けたため息を吐くと、通りがかった見知らぬお婆ちゃんに
「アンタ若いんだからしっかりしなよ」と励まされた。世の中は割と優しくできている。
09/04/13
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