ずるずるずる。
店の裏にある倉庫の壁にもたれかかって、そのまま座り込む。
今日は、雨だ。ここはちょっとした屋根があるので濡れる心配はない。そんな心配はない、が。
あー、も、無理…しぬ…。こめかみの鈍痛に眉をしかめ、ぎゅっと目を瞑る。
昔から雨の降る日は、駄目だ。偏頭痛がひどい。
こっちきて、治るかなーとほんのり期待してたんだけどもね。
性別は違うくせに無駄に変なところが一緒である。けしからん。
なんで頭痛くなるんだっけ…気圧の変化?とかなんかそんな感じだったような。
ここで雨の日にトラウマが!とかだったらちょっと格好良かったんじゃないの、私。
あ、やっぱナシナシ、トラウマはいらん。好き好んでトラウマはいらん。
しゃがみこんだままで、うー…と唸っていると、ちょいちょいと肩を叩かれた。誰だ。さん?
ぱっと顔を上げると、傘を差した少年が立っていた。誰だ、こんなところまで入ってくるの。
「…だれ」
「あれ、俺のこと忘れちゃった?」
まだそんなに久しぶりじゃないよね?と言いつつ、少年は私の前にしゃがみこんだ。
傘から落ちる水滴が、投げ出していた私の足を濡らす。ぴちゃ、ぽたっ。
つめた、と言うと、ゴメンゴメンと少年は傘をたたんだ。オレンジの髪が揺れる。
あ、思い出した。
番外編 痛みは前に、苦しみは後に
「佐助、さん?」
「当たりー」
ニッ、と相変わらずどこか胡散臭い笑みを浮かべる。
「どうしたの、こんなとこで。寒いでしょ?おまけに雨だし」
「いや、ちょっと…」
一人になりたい気分なんです…と、暗に早くどっか言って下さいよ頼みますからという気持ちを込めて、言う。
そんな気持ちに気付いているんだかいないんだか。私の予想では気付いていて無視しているな、こいつ。
まあとにかく私の言葉をまるっと無視して佐助少年は不思議そうな顔をする。
「どうしたの、イジメ?いびり?仲間はずれ?かわいそー」
「嫌な単語を連呼しないでください。…違いますよ、みんないい人です」
「でもさあ、アンタすっごい顔してるよ。こんな風に」
ぎゅぎゅっと眉間にしわを寄せる佐助少年。ははは、へんなかお。
平生ならそう言って笑えただろうが、生憎今の私では薄く微笑むだけで精一杯だった。
そんな私を見て、佐助少年は首を傾げる。
「…ほんとに、どうしたの?なんかあった?」
「それより、佐助さんこそ、なんでここに」
「あ、そうそう。この前のお礼を言いに来たんだよ」
どうやら、この前伝授した『指笛で君も憧れのお兄さん☆』作戦が成功したらしい。
すっかり懐かれちゃってさあ、今では逆に鬱陶しいくらいだよ、と悪びれずに佐助少年は笑う。
嬉しい知らせに、私は頭が痛いのをちょっと忘れて、喜ぶ。
「へえ、よかったですね。やっぱおれの言った通りだったでしょう」
「いやも、ほんとすごかったよーあの食いつきっぷり。見せてあげたい」
佐助少年の言う『小さな主人』の反応を詳しく聞いていると、本当にうまくいったんだなあと嬉しくなる。
弟みたいで可愛いんだろうなあ。私も弟欲しい。ちっちゃくて可愛いの。欲しいなあ。
鬱陶しいなんて言ってるけど、内心ではとてもその主人を可愛く思っている気持ちが伝わってきて、
思わずこちらもにこにこしてしまう。…あ、いたっ。またきたよ、もー…ほんとやめてくれ。
さっきまでにこにこ笑っていた私が、ぬぅ…と唸りつつ顔を顰めるのを見て、
佐助少年はようやく合点がいったとばかりに口を開いた。
「あ、どっか痛いの?」
「…恥ずかしながら、雨の日は、どうも」
「…どっか古傷でもあんの?」
「え、古傷?」
思っても見なかった言葉に、きょとんとする。
なにやら真面目な表情をしていた佐助少年だけれども、目を丸くした私を見て、フッと空気を緩めた。
え、あれですか。よく任侠ドラマとかであるあれですか。
「雨の日はよぉ、古傷がうずくんだよナァ…」オプション儚げな微笑プラス煙草ってやつですか。
ちがうちがうちがう、ただの偏頭痛ですと慌てて言った。古傷なんてあってたまるか。
「雨の日はね、どうも。ズキズキとくるんですよ」
「へえ、そうなんだ」
「昔は薬で治ったんですけどね、今は薬がなくって。
まあ飲まなくてもひたすら我慢したら治るんですがね」
そう言ってへらりと笑う。…笑ったつもりが、痛みのせいで中途半端な笑顔になってしまった。
あー、くそ、地味に痛い…。ぐりぐりとこめかみを揉んでいると、ちょいちょいと肩をたたかれる。
何だ?と思って佐助少年を見ると、手を出せというジェスチャー。
なんかくれるの?と思いつつ手を出すと、かさりと小さな紙を置かれた。
「なにこれ。ちょっと早いお年玉?」
「違うよ。なんで俺がアンタにお年玉あげなきゃいけないの」
「ですよねえ」
「薬だよ、薬。指笛のお礼にあげる」
お湯に溶かして飲むんだよーと言われて、とりあえずこくりと頷いた。
え、薬、あるの?あるもんなの?まじまじと手の上の小さな包み紙を見ていると、
おかしそうに噴出された。え、そんな笑われても。
「漢方って、知らない?」
「あー、漢方!」
そういやうちの商品にもあったな。そっか、漢方かぁと呟いていると、
今までどんな薬飲んでたの…と呆れたように言われたので、そのへんの草と誤魔化しておいた。
じゃあ、お礼も済んだし俺は帰るね、と言いながら佐助少年は傘を広げる。
ほんとにお礼のためだけに来たんだな。いや、嬉しいけどさあ。
「今日はまともに接客もできなくてすみませんでした」
「いや、いーよ。別に今日は客じゃないし」
「これ、ありがとうございます。後ですぐ飲んじゃいます」
「漢方、初めてだっけ?」
「初めてですね」
この時代のは。と心の中で呟く。
そっか、と意地悪そうに佐助少年は笑った。お前、何を企んでいる。
「…ま、健闘を祈るよ」
「はい。雨ですのでお気をつけて。あと、おれの名前は」
「、でしょ?覚えてるよ」
じゃあねーと傘を振って、佐助少年は帰っていった。お前さん、覚えてるならちゃんと呼んで下さいよ。
ふう、とため息をひとつ零し、また軽く痛んできた頭をふるりと振って、店の方に戻る。
皆に大丈夫かー?と聞かれたけど、漢方薬もらったんでたぶん大丈夫ーと返した。
その声を聞いたのか、店員の一人がお湯を持ってきてくれる。
ありがとう、と受け取って、貰った薬をまぜまぜ。うお、すごい色と匂い。まあ漢方だしこんなもんか。
鼻をつまんで、こくりと一口。
ぐ ら ぁんと視界が揺れた。あまりの不味さに。
何これ何これ、辛いんだけど苦い、ちょうまずい!えー無理無理無理なんだこれ毒じゃないの?
思わず噴出しそうになったけど、皆が心配そうに見てくるので耐える。耐える。ひたすら耐えて飲みまくる。
ようやっと一杯全部飲んだときには、息も絶え絶え、意識朦朧。誰かがそっと肩をたたいてくれた。ありがとう。
佐助少年の笑みは、これを予想してのことか。こんな不味いと思ってなかった。
しばらくその場で撃沈していると、手の中でかさりと音が鳴る。あ、包み紙握りっぱなしだった。
ゆるゆると手を開くと、くしゃくしゃになった包み紙に、文字が書いてある。
なんだ?と思って見ると、そこには佐助少年が書いたと思われる言葉が。
『おいしかった?』
あ、今、佐助少年のあの胡散臭い笑みが頭に浮かんだ。リアルに浮かんだ。
くっそお前まじでサドだな。泣くぞ。泣いちゃうぞ。
ぐしゃりと紙を握り締めて、いつか商売することがあったらぼったくってやる…と妙な決心をした。
09/03/04
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