ちらちらと視界に白いものが見えるけれども、雪なんて降っている訳でもなく。
木、木、木。代わり映えしない景色にうんざりし、視線を下に落とす。
枯葉、枯葉、枯葉。かさかさとした茶色ばかりが目に付いた。
こちらも代わり映えしない。お前ら、たまには流行を追いなさいよ。

きゅう、と情けなく腹が鳴った。それに合わせるように、歯もガチガチと鳴っている。
おいおい、こんなところでセッションしないでくださいよ。

しばらく華やかな町にいたので、次は自然でも…と山奥にずるずる入ったのが間違いだったのか。
確かに、確かに自然だ。自然ですよ、ええ、そりゃもう見事に。
野宿はしないでおこう、と誓っていたのに、ここ数日はバッチリしてしまった。
賊に襲われなくてよかった。ほんっとーによかった。
まあ賊もね、こんな寒い中を出歩きたくないよね。うんうん、分かるよその気持ち。
はあ、と深く吐いた息は、白かった。





番外編 魔法なら知ってる





予定では一日でどこかの村に着くはずだったんだけど。
町のおっちゃんもそう言ってたのになあ。ああ、情けない。
歩けども歩けども、木、木、木、たまに川。登ってるのか降ってるのかすらも分からない。
土地勘の無さは、さんに似てしまったのかもしれない。ああ、嫌なところが似てしまった。
食料も昨日の朝で底をついた。正真正銘のピンチというやつである。
くそう、放浪の旅に出て2年以上。こんな失態は初めてだ。
さっきから寒さか空腹からか、視界が悪い。雪みたいな幻覚が見えている。

幻覚デビューなんて永遠にしたくなかった。

ぶるりと頭を振ったとき、いきなり膝の力がガクンと抜けた。
バタ、と枯葉の上に横たわる。途端、くらくらと急激な眠気が私を襲った。
えっちょ、なに、なにこれ、え、うそ、ヤバイ。やばいんじゃね?
まさか凍死だなんて。餓死だなんて。笑えないよ、これマジな話。
落ちてくる瞼を必死でこじ開ける。寝るな!寝たら死ぬぞォ!!
脳内で一人ドラマ風に熱く叫んでみても、ああ空しいかな、瞼は徐々に落ちてくる。
無駄な抵抗はするな!観念しろ!まるで刑事ドラマのようだ。私の瞼はどうやら悪役らしい。

その時、枯葉の茶色に混ざって、何か違う茶色いものが見えた気がした。
最期の力を振り絞り、悪役らしく「ヘリを寄越せェ!」と叫んでみる。
喉の渇きのせいか、それほど大きな声にはならなかった。しょぼい悪役だ。

しかし、天は我を見捨てなかった。おお、ゴッド。素晴らしい。
私の声に気付いたのか、その茶色いものは段々こちらへと近寄ってきた。
そこで、ふと思う。野生動物だったらどうしよ。やべ、死んだ。きゅっと目を瞑る。



「おーい、誰かいるのかー?」



野生動物は喋らない。人間だ!そのことを確信して、くわっと目を見開いた。
しかし雪のような幻覚は消えない。ああ、もう、鬱陶しい。
人間ならこの際賊でもいい。ココだよ。私はココだよー!



「…ッおい、だ、大丈夫か?!」



地に伏せた私を発見したその人間は、ガクガクと私を揺さぶる。
えっちょ、ゴメンナサイすみません今倒れた人間なのでもっとデリケートに…。



「…あれ?お前、か?」



名を呼ばれた。あれ、知り合いか。
ふわふわと白いものが踊る視界に眉をしかめつつ、きゅうっと目を細めて誰なのかを確認する。
ん、見えにくいなあ…、よし、見えてきた。

あ。と呟く。

優しそうな目をした、傷だらけのこの人は。



「犬千代、さん…?」
「やっぱりか!おい、大丈夫か?!誰か悪いやつにやられたのか?!」
「そ、それが…」
「どうした?しっかりしろ!某が敵を討つからな!」
「…お腹が…すきました…」



あと、寒いです…と力なく呟けば、ぐわっと勢い良く犬千代さんの背に担がれる。



「え、ちょ、え?」
「待ってろ!今まつのうまい飯を食わせてやるからな!!」



がくんがくんと揺れる。うわぁなんか白いし揺れるしで視界は最悪極まりない。
知り合いに見つけてもらって助かったとは思うけど、うん、これはこれでご遠慮願いたかった。
とりあえずは一安心、と思ったところで、緊張の糸がプツリと切れた。
悪役は、無駄な抵抗をやめるのです。まあ、つまるところ、寝た。







ぬくぬくと温かい。ああ、なんかふかふかする…布団かな。
ああ、この数日は葉っぱを枕にして寝ていたから、なんとも贅沢だ…。布団バンザイ。
にへら、と笑って自分を包んでいる温かいものを抱きしめる。わあ!っと大きな声が耳元でした。
その声のでかさに吃驚して飛び起きる。何だ何だ、敵襲か。



「なんです慶次、騒がしい!さんが起きてしまうでしょう!」
「あ、まつさん…」
「まあ、さん!目覚められたのですね!」



きょろきょろと周りを見回していると、すぱんっと勢いよく襖が開いた。
そこに立っていたのは、今年の春先にお世話になった、まつさんだった。
少し背が伸びたかな。なんだか女らしさが上がったような気がする。
「こんな状況でなんですが、お久しぶりです」と笑うと、まつさんもにこりと微笑んだ。
「犬千代様が、裏山で迷っていた貴方を見つけたのですよ」と聞かされ、吃驚する。

なんと、私が散々迷って遭難していた山は、まつさんの住んでいる町の裏にあったらしい。
地元の人曰く、迷いの山。なんとも物騒な。おお、おそろし。アンビリーバブル。
度々遭難者が出るため、町の人が交代で見回りをしており、今回は犬千代さんが担当だったそうな。
それにしても運が良かった。一命をとりとめてホッとする。

ふと横を見ると、興味深そうに瞳を輝かせてこちらを覗きこんでいる少年と目が合った。
見たところ、今の私よりひとつふたつ下くらいだろうか。
まつさんと同じ色の髪を、頭の後ろできゅっと括っている。元気そうな男の子だ。
じーっと見詰め合っていると、にかりと笑われる。
とても人懐っこいその笑みにつられて、私もへらりと笑った。



「お前さあ、凍死、餓死寸前だったらしいな!」
「うん、そうだったみたいだね」
「こら、慶次!失礼ですよ!」
「げっ、まつ姉ちゃんこえー!」
「あ、いや、まつさん、お気になさらず。おれは、っていうんだ。君は?」
「俺?俺は前田慶次!まつ姉ちゃんの甥なんだ。慶次って呼んでくれよ!」



そう言って笑った少年こと慶次は、ぽかぽかと眩しい太陽みたいだった。
なんだか春が似合いそうだなあと勝手に思ってみる。




「慶次、慶次ね。うん、わかった」
「あんまりが気持ちよさそうに寝てるからさあ。俺もつられて寝ちまったんだ」
「布団がねー、久しぶりだったからねー」
「したらさあ、行き成り抱きしめられたもんだから、吃驚しちまったよ!」



なんとも陽気に笑うその様子は、元気真っ盛り!な小学生を見ているようで大変微笑ましい。
つられて笑っていると、きゅう〜と情けない音が鳴った。言わずもがな、私の腹の音である。
きゃっ、恥ずかしい!なんて言うだけの恥じらいはとうの昔に捨てた。
黙って私と慶次の様子を見ていたまつさんが、ぽんと手を叩く。



「そうですわ、さん、ご飯ができておりまする」
「今すぐ頂いてもよろしいでしょうか」



真顔で即答した私を見て、慶次とまつさんがそっくりの温かい笑顔で笑った。








川魚の塩焼き、大根の煮物、根菜たっぷりの味噌汁とお漬物。極めつけは炊き立てのほっかほかご飯!
なんとも豪華な食卓に、うおおと唸る。山では保存食ばっかりだったから、うわあ、感動だ。
まつさんと慶次、そして命の恩人である犬千代さんと「いただきます!」と元気に挨拶をする。
一口食べてまた感動。まつさんは神か。こんな美味しいご飯は正直生まれて初めてである。
もぐもぐもぐもぐ勢いよく食べていると、慶次と犬千代さんが「おかわり!」と勢いよく言った。
…早くないか?と目を丸くしている私など関係なく、まつさんは甲斐甲斐しくお茶碗にご飯をよそっている。
なんというか、あれか。これは日常茶飯事な光景なのか。…あ、またおかわりしてる。
とりあえず自分の分まで取られないように食べてしまおう、と私も食事を再開した。うん、おいしい。

その後、案の定あっという間にご飯がなくなってしまった。あんなにたくさんあったのに。
犬千代さんと慶次が小さな子のように駄々をこねている。ごろごろと畳を転げ回っている。
え、これは空気を読んで私も転がるべきでしょうか。いや、でも私満腹だしなあ。
無駄に転がってリバースなんてしてしまったら勿体無い。やっぱここは傍観者で。

暢気に暴れている二人を見ていると、目の前でびっくりな光景が起こった。
まつさんが、変身した。なんと、まつさんは獣マスターなだけではなく魔女っ子でしたか。
生の魔女っ子変身シーンは、なんというか亜空間というか、キラキラというか。
とにかくすごかった。まさか戦国時代で魔法を目にするとは。人生何があるか分からない。
変身したまつさんが犬千代さんとラブラブなキメポーズをして、その後どこにいったのかも、まあ、分からない。

2日間ほど、知り合ったばかりの慶次と二人きりで過ごすことになったのは、いい思い出だ。
そのおかげで慶次とは大変仲良くなることができた。客じゃなくて友達ができるのは貴重で、嬉しい。
そう、たとえ冬に冷水風呂に入れられたとしても。数々の悪戯をされたとしても。
慶次のバカヤロウ!と叫んだ声は、二人だけの家に響いた楽しげな笑い声によって掻き消えた。





09/05/29