私は今、久しぶりに実家というか、本店の方に帰ってきている。
ああ懐かしきこの香り。仲間。やっぱり支店は一人でやっているので寂しいのだ。

「あらぁ、どうしたのちゃん!久しぶりねえ」なんていう町のおばちゃんの声に、
笑いながら「たまには親孝行しないと、ですよ」と返す。ああ、こんな空気も懐かしいなあ。
町の常連さんに色々と声をかけられつつも、そんな感じで適当に答えている最中、
店に一人の少女がやってきた。きれいな顔をしている黒髪の少女だった。

髪には、きらりと光るきれいな簪がひとつ。
青いトンボ玉を使ったそれは、シンプルだが値の張りそうなものだった。
そこまで見たところで、はて?と思う。私は以前、これを作らなかったか?





番外編 恋をするのか、乙女





「いらっしゃい、かすが」



そう言ってにこりと笑う。瞬間、驚いたように肩を弾ませた少女。
やっぱり。顔や髪色は違うけど、彼女は間違いなく以前遊郭にいた少女、かすがであった。
彼女は驚いたように、目をぱちりとまんまるにした。しかし、可愛い顔に似合わない殺気が漏れている。
え、ちょ、私何か怒らせるようなことしましたか。

だらだらと冷や汗をかいていると、驚いた表情を消し、無表情になったかすがが口を開いた。



「貴様は何者だ。なぜ私の名を知っている」
「え、あの、その簪。おれ、あげたよね。違うかな」



そう言いながら首をかしげると、かすがは何かに気付いたように眉を上げる。
前の金髪のかすがも美少女だったけど、この黒髪のかすがも美少女だ。目の保養になる。



「…、か?」
「ご名答。です。その節はどうも。おかげさまで無事生きてますよ」



私がへらっと笑うと、かすがもようやく殺気を消して、軽く微笑んでくれた。
よかった、忘れられてたんじゃなかったようだ。
たとえ襲われそうになった間抜けな少年として記憶されていたとしても、
お客さんに忘れられるのは、非常に悲しいものがある。切ない。



「…で、改めましていらっしゃい。三代目の店主、と申します」
「驚いた。この店の跡取りだったのだな」
「うん、そんなことになっちゃったみたい。かすがはよく来るの?」
「いや、たまに来る程度だが…名を名乗った覚えはないのに、お前が知っているから驚いた」



さっきは悪かったな、そう言って頭を下げるかすが。なんて素直。元就さんにも分けてあげて。



「いや、いーよ。気にしてない。それより、その姿は何事?
 客の素性聞くなんてほんとは駄目なんだけどさ、どうしたのあの店は。
 あ、答えたくないんだったらいいよ、ごめん」
「構わない。この姿は術で変えているだけだ。元の姿だと目立つから。
 あの店は潜入していただけで、あの後すぐに出た」



今は里に帰っていると話すかすがは、どうも忍びらしい。くのいちってやつだ。
本当は、そんな簡単に忍びだということを明かしてはいけないはずなんだけど。
いいの?怒られないの?痛いの嫌じゃない?おれは嫌だ。とっても嫌だと喚くと、かすがは微笑んで首を振った。
なんでも、うちの店はかすがの里とも取引があるらしい。別に構わないとのことだった。



「へえ、変化の術か。じゃあほんとの髪色は金なのか」
「ああ、そうだな。目立つこのこの上ない」



そう言って、嫌そうに顔を歪める。
確かに、諜報活動には向いてないかもしれない。



「綺麗なのにね。その簪も、黒も合うけどたぶん金の方が似合うよ。そう思って作ったから」



そう言うと、かすがは若干気まずそうに黙りこんだ。
どうしたのと先を促すと、言いにくそうに口を開く。



「その…、あの後、髪は切ってしまったんだ。だから、この簪は使えない」



すまない、と眉尻を下げる。いやいや君は悪くないよ。
そっか、髪切っちゃったのか。勿体無いなあ。美人薄命ならぬ、美髪薄命?そんな言葉はない。
でも、変化したときに使ってくれているということは、それなりに気に入ってくれている筈だ。
そう思うと頬が緩む。自分が薦めたものを愛用してくれているというのは、とても嬉しい。



「そっか。じゃあしょうがないな。今日は何をお求めで?」
「ああ、武器を新調しようと思ってな」



話を聞くと、今使っている大手裏剣がいまひとつ手に馴染まないそうだ。
あれは本来男が使うものだし、しょうがないと思う。重いし。
商品の目録を前に、二人であーでもないこーでもないと悩んでいると、ぴんと閃いた。
そうだ、あれが入荷してたはずだ。次郎さんを呼び、持ってきて貰った箱を開く。
そこには、ピアノ線のような、ワイヤーにつながれた苦無がたくさん入っていた。



「これなんてどうよ。最近入荷したんだけどね。苦無に糸が付いただけって言われると、それまでなんだけど」
「…この糸、かなり丈夫だな。そして見えにくい」
「特殊な金属でできてるらしいよ」
「成る程」



苦無を手に取って、詳しい特徴等を説明する。



「ここ、この苦無の根元に糸が収納されるようになっててね、
 それで、コツがあるんだけど伸ばすのも縮めるのも自由自在。
 定期的な点検さえちゃんとすれば、かなり長いこと使えるよ」



そう、普通の苦無と違って「投げて終わり」ではないのだ。
ヨーヨーみたいに回収することができる。これってエコロジー&エコノミーだよね。
苦無自体もとても良いもので、ちょっとやそっとでは刃こぼれしない。これは、かなりオススメだ。



「人によって、苦無主体で戦ったりこの糸主体で戦ったりするらしい。
 そのへんは使う人次第だって。あなた色に染めてください。
 軽いし、間合いも広い。くのいちにはピッタリの商品です」
「…、さっきから何を読んでいる」
「いや、説明書」



ご購入されますと、こちらの苦無8本に、予備として2本おまけします。
また、特別にこちらの使用説明書『これで私も苦無とお友達!初心者〜上級者まで』と、
『ふわふわモフモフ!軽くて丈夫な防具で女性に大人気!首懸』を付けさせて頂きます。
ちなみにこちら、お試し品ですので、防具としての機能はございません。お洒落としてお楽しみください。
以上、いかがいたしましょう?


そう首を傾げて尋ねると、やや呆れたようにため息をついたかすがが「…頂こう」と返事した。
毎度ありーと言いながら商品を包む。おまけの苦無を2本じゃなくて5本にしておこう。大サービス。
あ、もうひとつ、おまけしなきゃいけないことがある。



「かすが、簪貸して」
「?ああ…何にする気だ?」



不思議そうに簪を外し、私に手渡すかすが。ふふふ、ここからが私の腕の見せ所だ。
ささっと簪からトンボ玉を外し、ふわふわの首懸の留め具に加工する。
あっというまにできあがり。トンボ玉が素敵なアクセントになった首懸だよ。



「これで、普段でも付けられるだろ」



そう言ってへらりと笑う。やっぱり、女の子ならお気に入りは常に身に付けたいよね。
ぽかんとしているかすがの首に、首懸を巻いてあげる。
うん、可愛い。シンプルな簪もいいけど、首懸もいいね。着物にもよく似合う。
我ながらいい仕事したわーと満足感に浸っていると、
我に返ったのか、かすががパチパチと何度も瞬きをして、俯く。



「…ありがとう」



表情は見えないけど、耳が赤い。やっぱりかすがは照れ屋さんだなあ、可愛いなあ。
にまにましながら商品を手渡す。ああ、まじでこんな妹欲しい。



「いえいえ。そんかわり、これからもうちの店をご贔屓にしてね。
 知り合いの忍びにもそう言っといてくれると、いい宣伝になって助かる。よろしく!」
「わかった」



そう言って苦笑したかすがから、お代を頂く。
店の前までかすがを見送って、また来てねと手を振った。
あ、しまった。私滅多にこっちの店にいないんだった。忘れてた。まあいっか。










美少女はいいなあ、癒されたとにまにましながら店番に戻った私に、
店の人達から、あの子は誰だ?何の関係だ?!と問い詰められた。みんな美少女好きだな。
かすがに変な虫が付くのも悪いので、ちょっとした悪戯心で返答する。



「おれの、好きな人」



そう言って、にやりと笑う。
その後は、店の皆が「に春が来たー!」と騒ぎ出すのを止めるのに一苦労した。
つか、皆さん興奮しすぎて私のことって呼ぶの忘れてる。まあいいや、客もいないし。
この町では「」で通ってるし。今更だ。





それから、かすがが店に来るたびに皆がにやにやと鬱陶しいので、
深く考えずに言ったことを後悔することになったのは、言うまでもない。




09/02/16