全国を行商で回っている最中、ふとした縁である遊郭で商売することになった。
それもこれも、偶然家に泊めてくれたおばあちゃんが「いい話を聞かせてくれたお礼だよ」と
昔使っていた上物の簪やら櫛やらをたんまりくれたからである。
現代でも女の子がレトロなものをかわいい!というように、
ここの女性にもレトロブームというものがあるらしい。
おばあちゃんから頂いたそれらのものは、まさにその流行に当てはまるものだった。
古い型の中に、今にはない洗練された可愛さというものがある。
私から見ても、それはとても魅力的だった。
それらを道で広げて露店をやっているときに、
それをうちの店の奴等に売ってやってくれないかとダンディなおじ様に声をかけられまして。
へぇーどんなお店ですかと聞いたら、女が多くてなとしか答えてもらえず
着いたお店は遊郭でした。え、これ、詐欺?
番外編 恋とはどんなものかしら
「いやーん、かわいい!」
「ちょっと、それあたしが見てたのよ」
「やだ、似合うー」
「ねえねえ、これもいいんじゃない?」
「わ、素敵…」
わーお、目の前がとっても華やかです。
今現在、店で働くお姉さん方に商品を見せている最中。
うわぁ、なんだか女子高のようだ…男になって数年、女とはどういうものだったかを
忘れつつある私にとってはとても新鮮な光景だ。が、きらびやかーな世界に入り込めない。
最初はキャバクラのように有り金全部取られちゃったらどうしようと思ってたけど、
そんな心配全然いらなかった。こっちが呆気にとられてしまうくらい、皆商品に夢中である。
「ねねね、これはなぁに?」
「あぁ、これは簪ですよ。形が変わってますから、ちょいとあれですけど…」
近くにいた女の人に、少しよろしいですかと声をかけて髪を触らせてもらう。
ここに来てから色々な人と話をするうちに、知識も増えたのだ。
髪を結うのもお手の物である。他人限定。自分のは無理、第一この体男だし。
「ほら、こんな感じで」
「あら、いいじゃない。そうだわ、この子にも何か見繕ってあげてよ。
新入りなんであまり身の回りのものがなくって」
そう言ってお姉さんに前に押し出された子は、少し不機嫌そうな顔をしていた。
別にいいのに…とでも言わんばかりである。顔はすごくかわいいのに。勿体無いな。
何より目を引くのは、その見事な金髪だった。現代でも中々お目にかかれないそれに、
周りの人がまったく気にしている様子もないということは、ここの時代では金髪も普通にアリなんだろう。
そういや茶髪人口多い気がする。ほんとに何でもありだな。
「綺麗な髪なので、そのままでもいいと思いますけどね」
そう言うと、金髪の少女は少し驚いたように目を丸くした。
しかしお姉さん達は面白くなさそうである。
「でもやっぱりそのままじゃあ地味だわ」
「何か飾りを付けたいと?」
「絶対つけたほうが可愛いわ!」
「この子、自分が着飾ることに無頓着なんですもの!なんとかしてあげて!」
お姉さん達の勢いに押されて、これはやるしかないなと思った。
女って団結すると怖い。どれにしようかな…と商品を漁っていると、
豪華なかんざしの辺りに手をやったときに少女の肩がぎくりとはねた。
ははん、派手なのは嫌か。派手は派手で可愛いんだけどね。
やっぱこの金髪につけたら派手になりすぎるかもね。
「そうですね。じゃ、特別に」
風呂敷の中から幾重にも布で巻かれた包みを取り出す。
それを広げると、中に入っているのはこの前仕入れたばかりのトンボ玉だ。
「わぁ、綺麗ね」
「そうでしょう。この前仕入れたんですが、光に透けるととても綺麗で」
そう言いながら、沖縄の海のような青いトンボ玉をひとつ取り、ささっと玉簪に加工する。
大きなそれは実は結構値段がするんだけど、この髪に青い光が反射するのはそれは綺麗だろう。
美しいものを見たいと思って何が悪い。
ごめん、結うねと一声かけて、その綺麗な金髪を簡単に結い上げる。
仕上げに先ほど作成した簪を挿す。おお、我ながら上出来。褒めて褒めて。
「きゃあ、いいわね!」
「素敵だわ!」
お姉さん達から歓声が上がる。褒めると伸びる子なんでもっと褒めてください。
金髪の少女にも鏡を渡して確認してもらう。おお、ちょっと驚いてる。
満足そうに笑っている私の方を見て、小さな声で「…礼を言う」と言った。
ほっぺがほんのりピンク色だ。可愛いな。今の私と同い年くらいかな。
こんな妹が欲しかった。
しばらくその子の方を見てにこにこしていると、お姉さんに声をかけられた。
「ねえ僕、名前はなんていうの?」
【僕】だって。ちょう新鮮なんですけど。
このお姉さま方にとっては、私はまだまだ可愛いこどもなんだろう。
「と申します。変わった名だとは思うのですが」
「ほんと、変わってるわね。でも素敵よ」
「ありがとうございます」
そう言ってへらりと笑う。
ここのお姉さん達は、客商売をしてるからか皆人当たりがいい。
あらかた勘定を終えた後も、その居心地の良い空気についついだらだらしてしまって、
気付けば話に花が咲いていた。
「へえ、行商の旅に!大変ねえ」
「そうでもないですよ。こうやって色々な経験もできますし。楽しいです」
「へえ、それでも…筆下ろしはまだなのよね?」
そう言って妖しく笑うお姉さま方。
筆下ろし?と首をかしげていると、やだ、かわいいー!と声が上がった。
「あたしがやるわ」
「いいえ、あたしが!」
「今日のお礼ですもの、とびっきり満足して頂かないと!」
やいやい始まった話し合いを前に、はてどうするかと悩んでいると、
ぐいと手をひかれた。つい声をあげようとすると、そっと手で口を塞がれる。
(今のうちに荷物をまとめろ、早く)
耳元で囁かれた、その有無を言わせない声に従ってささっと荷物をまとめ、
手をひかれるがまま店の外に出る。挨拶はしなくていいのかな。
外に出て気付いたのだけど、手をひいていたのはあの金髪の少女だった。
どうしたんだろうと思ってその頭を見つめていると、立ち止まってくるりと振り返る。
「お前は馬鹿か!」
第一声がそれですか。理由も分からず美少女に怒られるとダメージがでかい。
痴漢に間違われた中年男性のようなせつない気持ちになる。えええ、なんかしましたか。
「男の癖に、もっと危機感を持て!」
「え、ひょっとして、有り金全部取られるとこだったの」
「違う!もうちょっとで食われるとこだったんだぞ!」
「えええ!おれおいしくないよ!」
「そういう話じゃない!」
どこか疲れたように、少女は言う。まったく…とか呟いてる。
食べる?食べる?…ああ、あっちの意味か。
自分が男だという意識はあるんだけど、そういう対象として見られるっていう意識が
ごそっと抜け落ちていたため、気付くのにだいぶ時間がかかった。
そうか、はあ、この体もそんな年頃になったのか。
ようやく気付いた私を呆れたように見て、少女は口を開く。
「あの人たちは私がうまくごまかしておくから、もう行け。食われたくないだろう」
「そうだね、さすがにあの人数で来られるとね、怖いね。
ごめんありがとう、助かった。もう行くよ」
そう言って、中途半端にぶら下げていた荷物をちゃんと背負う。今晩泊まるとこ探さなきゃ。
「ああ、そうだ、君の名前は?後日なんらかの形でお礼するよ」
「…礼なら、いい」
そう言って、少女は私がつけてあげたかんざしを触る。
うん、気に入って頂けたようだ。よかった。
「んじゃま、名前だけでも。おれは。さっきも言ったけど。君は?」
「…かすが。かすがだ」
「かすがね。ほんとうにありがとう、かすが。
おれはこれからも商売してるから、またどこかで会ったらどうぞご贔屓に」
「ああ。…も、もう襲われたりすることのないようにな」
「さすがに今回で懲りたのでもう遊郭には一人で行きません」
手を振って、かすがと別れる。
そのときちょうど雲間から太陽が覗いて、かすがの青いかんざしがきらりと光った。
やっぱり綺麗だな。
もし自分がこの年頃の少年だったら、恋をするには
かすがみたいな女の子がいいなあとほんのり思いながら、次の町を目指して歩き出した。
09/02/11
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