「ただいまー」
「いらっしゃいませ…あら、ちゃん!」
「え、店主!どうしたんですか!」
久しぶりに里帰りをして、さんと奥さんに挨拶をした後、お店の方に顔を出した。
もっと頻繁に帰って来い!と怒られつつも、歓迎される。やっぱいいなあこの空気。
さくさくっと溜まってた仕事を片付けて、店番に立つ。私は店番が大好きだ。
なんていうか、こう、触れ合ってる感じがしませんかと言うと、気持ち悪いと言われた。ひどい。
いらっしゃいませと声をかけていると、次郎さんに肘でつつかれる。
なんのスキンシップだ。セクハラかと思っていると「例のお嬢さんですよ」と耳打ちされる。
はて、例のお嬢さんとは。首を傾げつつ店の入り口を見ると、かすががいた。
目印は青いトンボ玉のついた首懸だ。ささっと皆が道をあける。
いや、なんというかその…いつもお気遣い有難うございます。
番外編 命短し恋せよ乙女
目が合ったので、「いらっしゃい、かすが」と微笑む。かすがも微笑み返してくれた。
あ、なんかいいムード…って、駄目だ。皆の妄想に拍車をかけてどうする私。
今日はどうしたの?と聞くと、色々必要なものをまとめ買いしに来たらしい。ふむ、左様で。
基本的にうちの店はなんでも屋なので、そりゃ一軒で全部買えた方が楽だよね、と
納得しながら言われた品を次々と出していく。暗器とー暗器とー暗器とー…暗器。どんだけ買うの。
若干呆れた気持ちで暗器を出していると、かすがに声をかけられた。
「がいるのは、珍しいな」
「あれ、おれがいない時にも来てくれてたの。ご贔屓にどうも」
「この店は便利だからな」
「同感です。こんないい店他にないよ」
茶化して言うと、かすがが笑う。今日は変化をしていないようで、以前見たことのある金髪の美少女姿だ。
あの時は可愛いなって思ってたけど、今は綺麗だなって思う。女は変わるものだ。
注文の品をまとめて、持ちやすいように風呂敷に包んで渡す。
お代はちょっとまけとく。忍びは囲っておくにこしたことはない。お得意さんになってくれると儲かるからだ。
そこ、卑しいとか言わない。コレ商人の常識。
「はいどうぞ。重いから気をつけてね」
「礼を言う。いつも悪いな」
「いえいえ。あ、武器の調子はどう?」
以前見繕った武器の様子が気になって、問う。問題ない、よく手に馴染むという返答を聞いてほっとした。
なんでも、忍びの術と合わせて中々応用の利く武器だったようだ。薦めた立場としては嬉しい。
ついでだし、手入れしようかと聞くと、頼むと渡される。ほいほい、頼まれた。
苦無に欠けたところが無いかを丁寧にチェックして、砥石で研ぐ。
この辺はかすがもいつもやってるだろうけど。サービスサービス。
糸も切れそうなところが無いか見て、あれば新しい糸に交換する。今回は1本交換するだけで済んだ。
全体的に丁寧に磨き上げていると、その様子を見ていたかすがが口を開いた。
「は、男の癖に細やかなところまで気が利くな」
「それは褒め言葉として受け取っとけばいいのかな」
「どう取るかはお前の自由だ」
そう言ってかすがは笑った。ああ、いいわ。癒される。…なんか自分危ない人みたい。違う、違うよ。
「まぁそれはそうと。今日は変化してないんだね。やっぱ首懸似合ってる」
さらっとそう言うと、かすがの頬が染まった。
相変わらず褒め言葉に弱いんだね。褒められ慣れてそうなもんなのに。
かすがが照れているのに気付かないフリをして武器を手入れしていると、
もごもごと、どこか言いにくそうにかすがが喋りだした。
「その…」
「ん、なぁに」
「あの…だな、こんなことを言っては、忍び失格だと笑われてしまいそうなんだが」
「なんだい。どした?」
「…私、好きな人ができて」
その瞬間。
ごぃんズカンどっしゃーんガラガラガラぴょいんぴょいんピーガガガ…などと、
店のあちらこちらから何かを落とした音が聞こえた。
お前ら、聞き耳立てすぎだ。自重しろ。
「…好きというか、憧れというか。…とても、尊敬している」
「へえ。そうなんだ」
「…驚かないんだな」
「まぁ人間生きてたらそういうこともあるだろ」
そう言ってへらりと笑うと、かすがも肩の力を抜いたようにフッと笑った。
「誰なのか、とか聞いてもいいの」
「…誰にも言わないか?」
「言ったら一生タダで店の商品を奉仕してあげよう」
店主の権限を使いまくり、そんな無茶苦茶な条件を口にする。
だって言わないもん。そんな他人の秘密ホイホイ口にしてたら一国の城主なんか相手にできませんって。
そう言うとかすがは納得したようにひとつ頷き、私の耳に口を寄せる。
「…上杉、謙信様だ」
そっと囁かれた名前に驚く。
「へえ!おれまだ会ったことないけど、すごい人らしいじゃない」
「素晴らしいお方だ。今は里を出て、その方にお仕えしている」
「そっか。良い人に出会えてよかったね」
「ああ」
のほほんと笑いあう私とかすが。その様子を見て固まっているうちの店員。
「この首懸を、似合ってると言って下さった。のおかげだ、有難う」
「いえいえ。そっか、やっぱおれの目は正しかったな」
かすがに似合うと思ったんだ、それ。と言ってへらりと笑う。
綺麗になったなと思ったら恋のおかげか。やっぱり恋は人を輝かせるね。
良いことだ、と一人心の中で頷く。なんかおっさんくさいな自分。
とかなんとか思っていたら、気付けば苦無は最後の一本。
よっしゃラスト、と気合を入れて磨き上げ、きらんと鈍く光る苦無達をかすがに渡す。
「あんま痛んでなかったね。扱いがいいのかな」
「まめに手入れをするようにはしている」
「いい使い手に買ってもらえて嬉しいよ。お前ら幸せもんだぞ」
そう言いながら、また戦場に行くのであろう苦無達を見送る。
まるで我が子を嫁に出す親の気分だ。出したこと無いけど。出たことも無いけど。
「じゃあ、そろそろ行く。しばらくは来れないと思う」
「ん、分かった。あ、支店があるからさ、よかったらそっちにも来てよ。おれ大体そっちにいるし」
「どこにあるんだ?」
「安芸の国。詳しい住所は分かんないんだ」
「店主のくせにか?」
「地理弱いんです。ほっといてください」
昔の地名って意味分からん。現代の地名知ってるから混ざってしまって余計に分からん。
「最近結構評判いいから、かすがだったらちょっと探ればすぐに分かるよ」
「分かった」
いつものように、かすがを店の前まで見送る。
今度、上杉様の城まで行くから。よろしく言っといて、と耳打ちする。
いや、部下にうちの店のお得意さんがいるとさあ、上司もお得意さんになってくれそうじゃないですか。
新しい顧客ゲットのため、店主は営業活動だって頑張るのさ。
放浪もいいけど、たまにはピンポイントで攻めなきゃね。
かすがも、「の店なら、きっと謙信様も気に入ると思う」と言ってくれた。よし。お墨付きだ。
「じゃあ、近いうちに」
「ああ、待っている」
かすがの姿が見えなくなるまで見送って、店の中に戻った。
…なんか、皆の目線が…なんていうんだこれ。哀れみの眼差し?え、心なしか涙ぐんでないか。
「っ店主…」
「…あの娘の幸せのために身を引くなんて…!」
「さん…あんた男だよ!」
…っあ、あー。そっか、ハタから見れば私って今失恋したのか。
店の皆は、突っ立っている私の肩を慰めとしてぽんぽんとたたいてくれたり、
激励として背中をひっぱいたりしてくれた。ちょっ、いた、痛い。本気で痛い。誰だグーで殴ったの。減給するぞ。
え、あの、皆さんありがたいんですが、本人全然落ち込んでないから。大丈夫だから。
友達の恋バナ聞いてる気分だったから。むしろおめでとうって祝福したい気分だったから。
あまりに皆が慰めてくれるので、ちょっとここはアレを言っとかなきゃいけないなあと。
冗談のつもりで「同情するなら金をくれ」と言ってみた。
…あっちょっとグーは駄目だってグーは。ひぃぃ蹴らないで店主を足蹴にしないで!
慰めにしては度を越えた激励を受けてヘロヘロになりながら、私は支店に戻った。
それからやたらとお見合いの話が届くようになったのは、皆なりの慰めだと信じてる。
うん、正直いらない。なんて言ったらまたボコられそうなので、それは黙っておく。
もう当分恋だの愛だのはいらないなー…と、一人ため息をついた。
09/02/24
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