「兄ちゃん!兄ちゃん!」
「おい、誰か医者だ!医者を呼べ!」
「さん、アンタ、しっかりしなよ!」
周りがバタバタと慌しい。
その中心にいる私は、他人事のようにぼけっと空を見ていた。
こっちに来たときに見上げた空も青かったけど、今日も負けず劣らず青い。いい天気だなあ。
11.太陽にさよなら?
ことの始まりは、今日の午前中まで遡る。
いつものようにのんびり店番をしながら、くあ、とひとつ欠伸を零す。
昨日は城で遅くまで酒盛りをしていたので眠い。ぽかぽか陽気がさらに眠気を誘う。
あー。昨日は色々と盛り上がったなあ。私も元就さんもそろそろ縁談がどーのこーの五月蝿くなってきていて、
そのことにうんざりしていた二人で愚痴大会へと発展したのだった。主に愚痴っていたのは私だけれど。
いーじゃんね別に独り身でもさ。愛されない妻は可哀想だよ。兎は寂しかったら死んじゃうんですよ。
やっぱ恋愛結婚だよねえ…と、また欠伸をひとつ。もう今日は店閉めて寝るか。
そう思いながらこっくりこっくりしていると、カラカラカラン!と店の扉につけている鐘がけたたましく鳴った。
何だ何だ、何事だと覚醒する。それと同時に、明らかに様子のおかしい近所のおばちゃんが転がり込んできた。
「さん!助けとくれ!」
「えっなに、どうしたんですか」
「うちの息子が…!ああ、どうしよう、殺されちまう!」
「おばちゃん、ちょっと落ち着いて!」
おろおろとしているおばちゃんの肩を掴み、目を真っ直ぐ見て一喝。
人間慌てちゃ何もできない。まずは現状把握、現状把握。
おばちゃんはびくっと肩を震わせて、しかしなんとか落ち着きを取り戻した。
「何があったの?」
「うちの息子が、山で近所の子と遊んでる時に賊につかまっちまって…!」
「ッあんの馬鹿、あれほど山で遊ぶなって言ったのに!」
思わず舌打ちをひとつ。口が悪くてすみません。
ここの近くには自然が多い。川もあるし、山もある。少し遠いけど海もある。
子どもが遊ぶには恵まれた環境だけど、最近山にタチの悪い賊が出るって噂があった。
だから店に来る子ども達には「毛利様がなんとかするまで山には行くなよ」って言い聞かせてたのに。
ああもう、と頭を振る。反抗期か。大人の言うことは聞くもんだよまったく!
「おばちゃん、もう城には連絡した?」
「ああ、隣の奥さんが連絡しとくれた…でも、ああ、どうしよう。
時間がかかるし、動ける男共はこの時間帯いないし…!あんただけが頼りなんだよ!」
「分かった、おれが時間稼ぎする。賊は今どこにいるの」
そう言いながら、ばたばたと店の商品を懐に入れていく。人助けに商品だから金がどうのこうの言ってられるか。
使えそうなものは何でも入れていく。ああ、元就さんに頼んで武術のひとつでも習っておくんだった。
「最初は山にいたんだけどね、だんだん奴らこっちに向かってるみたいなんだよ!」
「人質抱えて?賊は何考えてんだ。よっぽど捕まりたい馬鹿か暴走したいお年頃か。十五の夜か!」
そう叫んだところで、ガタァン!と扉が音をたてて壊れる。
扉につけていた鐘が、地面に転がってカラァン!と高い音を立てた。ああ、気に入ってたのに!
「ようようよう、このガキのババアってのはお前かぁ?」
入り口には、見慣れた少年を抱えてニタニタと厭らしい笑みを浮かべる賊らしき奴らがいた。
えー、と内心ゲンナリ息を吐く。ちょっとお約束すぎる展開なんじゃないか。
パッと見たところ、ひぃ、ふぅ、みぃ。三人か。思ってたよりは多くない。でも一人じゃ正直つらい。
「母ちゃん!」
「太郎!」
思わず息子に駆け寄るおばちゃんに、ちゃきんと刀が向けられる。
丸腰の相手に刀を向けるなんて最低だ。しかもあの刀、相当ナマクラだ。
武器を大事にしない奴にはロクな奴がいない。まったく!
「おっと、そこまでだ。このガキにゃあ俺達が城に行くまでついて来てもらわねぇとなぁ」
「あのスカした毛利の目の前で、バッサリ斬ってやる」
「自分の領地の人間も守れねえ無能だって恥をかかせてやらねぇと」
そう言ってケタケタと賊は笑う。くそ、やらしい笑い方しやがって。
胸糞悪い。おまけに頭も悪そうだ。
元就さんの前で斬って、その後どうするんだ。捕まるだけだぞ馬鹿。
イラッとする。元就さんじゃないけど散れ!って叫びたい。しかし似合わないのでやめておく。
「とりあえず、店から出てってくれないですかね」
緊迫した場面に似合わない声で、のんびりと告げる。
そこでようやく賊は私の存在に気付いたようだ。遅い。
もっと視野を広げないと人間小さいって言われるんだよ。まったく!
「おっと、兄ちゃんやんのか?」
「見たところ何もできそうにないけどな」
「まあ、ご覧のとおり。小さな店のただの店主なんでね。でもやっぱ店を荒らされると悲しいんですよ」
だから出てって下さい。そう言って、懐から小さな玉をひとつ取り出す。
それを持ってにやりと笑った私を、捕まった子どもである太郎少年は驚いたように見つめる。
そうだ君なら分かるだろう。子どもに大人気、忍術ごっこをするには欠かせないブツ。
「行くぞ太郎!噛みつけ!」
そう叫んで、思いっきり地面に玉をぶつける。ボフン!と音がして、一瞬にして辺りは真っ白になった。
「なんだ?」と賊のあわてる声がする。ふはは見よ、これがかんしゃく玉よ!何も見えないであろう!
一気に店の入り口に向かって走る。もう5年くらい住んでるんだ、物の配置くらい頭の中に入ってる。
そこで、「ぎゃあ!」と賊が叫び声を上げた。太郎少年が賊の腕に噛み付いたようだ。
慌てて賊の腕をすりぬけたであろう太郎少年とすれ違う。勇気出したな、よくやった!
次は、私が勇気を出す番だ。刀、死ぬほど怖いけど。今ここで戦えるのは私しかいないから。
さっきの悲鳴の位置から推測して、適当にジャンプする。必殺、ドロップキーック!
うぎゃあ!と悲鳴が上がり、足の裏に嫌な感触。よっしゃ、ヒットした。
私に蹴られた賊は、残りの2人を巻き込んで店の外へと転がり出た。おおラッキー。
ついでに私もこれ以上店を壊されたくないので外に出る。店の修繕費は最小限に。扉壊れちゃったけど。
クリアになった視界では、賊達がむくりと起き上がるところだった。服は汚れてるが、まだまだお元気そうだ。
インドア店主のドロップキックの威力なんてそんなもんだ。こめかみがピクピク、若干キレてらっしゃる。
道の真ん中に、賊が三人と私が一人。賊が町に入ってきたのはもう皆に伝わってるんだろう。
通りに人影はなく、家の中から様子を伺っているようだ。今の時間帯だと、戦えない人ばっかだからな。
だからおばちゃんも若い男である私に助けを求めたんだろうし。加勢が欲しかったけどしょうがない。
「てっめえ、ぶっころされてぇのか!」
「いやいやいや、別にそんなつもりは」
「ナメてんのか!」
「舐めたくないです。貴方達不味そう」
「…お前ら、やっちまうぞ」
賊の目がギラギラと光り、こちらを睨みつける。
初めて感じるリアルな殺気というやつに、じわりと脂汗が浮かんだ。
あー、もう。どうするんだよこれ。若干自業自得な気もするけど。
「覚悟しろ!」の叫び声を合図に、三人一気に向かってくる。三人とも刀持ちだ。
ちょ、これ、無理。思わず逃げる。「卑怯者!」とか聞こえてくる。
しょうがないだろ、私はまともにゃ戦えないんだ。一般市民なんだ。だから卑怯な手でいかせて頂きます。
距離を取ったところでくるっと振り返り、立ち止まる。懐に手をつっこみ、手に触れた物を掴んで思いっきり投げた。
ゴッ!と鈍い音がして、先頭を走っていた賊が「ぎゃっ!」と悲鳴を上げる。うずくまって悶絶してらっしゃる。
何が当たったんだ。…あ、戦国武芸全集。分厚い本の角は痛いよね。うん、経験済みだ。
てめぇ、よくもお頭を!と賊の一人が向かってきたので、慌ててまた何かをひっつかんで投げる。
ガチャン!と賊の頭に当たり、それは割れた。私コントロールいいな。ピッチャーいけるんじゃないの。
ぐああと呻く賊。地面に散らばるお金。あ、大事にしてた虎の貯金箱…お金貯めてる途中だったのに。
なんだかんだと残る賊はあと一人。そろそろ城の人もこっちに向かってるだろう。
あと少し時間が稼げれば。じわり、と背中を汗が伝う。
あんまりモタモタしてると、せっかく撃沈している二人も回復してしまう。
さっきから怖くて怖くて、少しでも気を紛らわせようと必死にふざけてるけど、そろそろ限界ですよ。
「余程死にてぇみたいだな…」
仲間を二人やられて、賊も本気になったようだ。最初から本気出せよ。
いやすみません、出されてると死んでました。
じりじりと、間合いを詰められる。やばい、もう投げられるような物が無い。
かんしゃく玉を使うか。いや、外で使ってもすぐに煙が晴れてしまう。
駄目だ、時間、稼がないと。とりあえず口を開く。
「元就さんの城下で暴れるなんて、無謀ですよ」
「…んだよ、何が言いたい」
「あの人、怖いんですから。今まで、なんでこの町が平和だったか。
元就さんが怖いからですよ。分からないんですか」
「分からねぇなぁ。今まであの野郎に散々仲間をやられてんだ。俺達がやりかえして、何が悪い」
駄目だ。話が通じない。
ああもう、城の人、早く来てよ!と内心で叫んだ瞬間。
「兄ちゃん!」
うちの店の中から、太郎少年が飛び出してきた。おばちゃんが、太郎!と悲鳴に近い声を上げる。
賊が、にやりと笑う。あ。だめだ。賊の目が、イってる。
殺すつもりだ。
賊が、太郎少年の下へ向かう。
身に迫る賊に、ただ立ちすくむだけの太郎少年。
おばちゃんの悲鳴。
賊が刀を振り上げる。
気付けば地面を思いっきり蹴っていた。
私は、何も考えずに生身で賊にタックルした。ずしゃ、と地面に転がる。
ぐ、と肩から腹にかけて熱い感覚がした。ああ、斬られたのか。
兄ちゃん!と太郎の悲鳴。よかった、無事みたい。間に合った。
私がタックルした賊が、よろよろと起き上がる。私に邪魔をされたのが余程悔しかったようで。
てめぇ!と声を上げる。刀を振り上げるのが見えた。
ああ、ここで終わりなのか。まだやりたいことがたくさんあるのに。
ぎゅ、と目を瞑った瞬間。ぎゃあ!と賊の悲鳴が聞こえた。ぱちりと目を開ける。
そこには、刀を振り上げていた賊が、城の忍びさんに捕らえられている姿があった。
くるりと首を回すと、他の賊達も城の兵士さん達に捕らえられているのが見える。よかった、来てくれたんだ。
ほう、と地面に寝転がったまま安堵のため息を吐くと、兄ちゃん!と太郎が飛びついてきた。
もう安心だと分かったのか、家に閉じこもっていた近所の人たちも続々と出てくる。あっという間に周りを囲まれた。
肩から腹にかけてがじんじんと熱い。痛いって感覚、通り過ぎたらこうなっちゃうのか。
体の中から何かが抜けていく感覚がする。血か。血だろうなあ。
周りの喧騒をぼけっと聞きながら空を見上げていると、ぐいっと上半身を持ち上げられた。
白い布をぐるぐると巻かれる。誰だ。目線を空から横にずらすと、いつしか我が家で味噌汁を飲ませた忍びさんだった。
「…あの時は、とんでもないもん食べさせてすみませんでした」
「…余計なことは話すな。城に連れて行く」
「城?なんで」
「このあたりで一番腕のいい医者が、いるからだ」
とりあえず応急処置を終えたのか、いきなり忍びさんの背に担ぎ上げられる。
驚いている間もなく、ひゅん、と景色が後ろに動く。
うわ、はやっ!忍びさんってこんなに身体能力高いのか。
大人一人背負ってもこの速さって、人間じゃない。妙なところに感心する。
そんな馬鹿なことを考えてる間にも、じわり、と腹から何かが滲み出す感覚。
私が触れている部分の忍びさんの服が、赤く染まっていた。
「すみません。服、汚しちゃいました」
「…黙れ」
「まあ、黒だから目立ちませんし、勘弁してくださいね」
ひゅんひゅんと、私がいつも自転車で上っている坂道を駆け上がる忍びさん。
すごいな。こんな人をパシリにしていたんだなあ。何者だよ私。店主様だよ。わは。
しかし、眠い。だんだんと眠くなってくる。
ふと、いつだったか、元就さんと話した会話が、頭の中をよぎった。
『…の話は理解できぬことが多い』
『でも、面白いでしょう』
『絵空事だと分かっているから気楽に聞ける』
『おれの話は元就さんにとってなんですか、あれですか』
『馬鹿の世迷い言だ』
『そりゃないんじゃねーですか』
『褒めているのだが』
『もっと分かりやすい愛情表現をください』
そう言うと、元就さんはいつものように皮肉な笑顔で笑ったのだ。
なんでこんなときに、こんなしょうもない会話を思い出すんだろう。
何故か、太陽が見たくなる。無理やり首を持ち上げて、燦燦と輝く太陽を見た。
ああ、眩しい。やっぱりいい天気だ。
ねえ元就さん。なんでそんなに太陽が好きなのかずっと分からなかったんですけど、
今ならちょっと分かる気がしますよ。
そう思ったところで、私の意識はブラックアウトした。
09/03/08
← →