チリンチリン、そこのけそこのけー。
町を颯爽と自転車で走り抜ける。風が気持ちいい。最高!
ちょっと前まではモワッと湿気を帯びた風が吹いていたけど、今はすっと爽やかな風。
暑い暑い夏を通り過ぎて、季節は秋だ。
年が明けてしばらくして、私はツテとコネを頼りに無事自転車を手に入れた。
いやあ、やればできるもんだ。さすが無駄に技術が発達している戦国時代。
これで馬ともおさらばだ。たいして乗ってなかったけど。
最初のうちは町の人に奇異の目で見られていた自転車だけど、
さすがに半年も乗り続けていたら見慣れたのか、今では普通にスルーだ。
近所のこどもや好奇心旺盛なおじさんを乗せてあげることもある。勿論誰一人として乗れない。
最近、後ろに荷台も付けてもらった。これで重い荷物を運ぶのも楽々。いい仕事してますね。
で、現在。早速その荷台を活用して、私は城へと向かっている。荷台に乗っているのは、米俵だ。
09.歌う太陽、笑う月
とまぁ、最初のうちこそ爽快に走っていたけど、城に続くまでの坂道で死んだ。
なんでこんな無駄に坂なんだ。攻められないためですね、知ってますよそんぐらい。ちくしょう。
ぜーはー言いつつ自転車を押す。乗りながらはさすがに無理だった。無謀だった。
ようやっと門の前にたどり着き、息も絶え絶え挨拶する。
「…っ、はァ、たの、もー…ふぅ」
「…生きてるか?」
心優しい門番さんが心配してくれた。ああ、胸に染みる。人の優しさが心に染みる。
とりあえず彼に自転車が倒れないように持ってもらって、地面にぺたりと座り込む。
汚いとかそんなの関係ない。今の私に必要なのは休息だ。安息の地だ。
「すごい荷物だな。米俵?何が入ってるんだ」
「餅米です よ。…はぁ、も、ほんと、相手が元就さんじゃなかったら、
こんな坂道、絶対無理って言うんですけど、ね…」
息も絶え絶え言葉を紡ぐと同情の眼差しで見られた。はは。どうだ可哀想だろう。自分で言ってて悲しい。
しばらくそのままの体勢で息を整える。うん。そろそろいけるかな。
よいこらしょと立ち上がってお尻をはたく。早く持って行かないと怒られる。
「すみません、ありが と、ございます」
「…平気か?」
「へ、いき…ってことにしときます。…ふー、じゃ、今日の晩をお楽しみに」
そう言い残して、私はまたクソ重い自転車を押した。あとちょっとだ。
引き続き頑張って自転車を押すこと数分。私がたどり着いたのは、城の厨房に面した中庭。
毎度ー、です、と声をかけると、厨房のお兄さん達が出てきて運ぶのを手伝ってくれた。心底助かった。
厨房の中に運び込まれる米俵を見送って、板長さんに挨拶をする。
「ど、うも。…ふぃー。いつもご贔屓に」
「こちらこそ、いつもすまんな。特に今日は米俵だ。あの坂はきつかっただろう」
「いえいえ、他の誰でもない、元就さんからのご注文ですからね。
それにおれが言いだしっぺだし。楽しみにしてたんですよ。とびっきりの餅米仕入れてきました」
「有難い!こりゃ毛利様もお喜びになる。ああお前ら、さんに茶を出してやってくれ」
ささっと目の前に差し出されるお茶。ありがたい。くいっと一気に飲み込む。ああ生き返る。
「今日はいい天気ですし、いい月見日和になりそうですね」
「そうだな。雲も出てないし、絶好だな」
「あ、おれススキ持って来ましたよ。荷台に乗せてきたんですけど。よかった、無事だ」
ススキの束から一本抜き出して、板さんにおすそ分け。どっかに飾ってくださいなと笑う。
そう、今日は十五夜なのである。お月見ですよ奥さん。
ひと月ほど前、元就さんと飲んでる最中。私がぽつりと「団子食べたいな」と呟いたら、
元就さんから「今度は月見でもするか」と意外な返答。
その時は、おお元就さんにしては珍しく私の我侭を聞いてくれたなあ、月見楽しみだなあと暢気に思っていた。
しかし数日前。元就さんに「さっさと餅米を持って来い」と言われた。…ハイ?パードゥン?
え。うちから仕入れるんですか。私に餅米を担いで城まで運べと?…と焦って聞くと、
普通に頷かれた。ちょっと目の前が暗くなった。
どうやら材料さえ持参すれば、城で作ってくれるという話のようだった。
せこいぞ、とは言えない。城主様にそんなの言えない。言ったら殴られる。
結局月見団子の甘い誘惑に負けてしまい、今日こうして餅米を運んでくることになったんだけど。
だって元就さんのお城のご飯、美味しいんだ。食べ盛りにあんなご飯食べさせられたら舌も肥える。
「そうだ。毛利様が餅米を運んだら執務室に来てくれとおっしゃっていたぞ」
「え。本当ですか。じゃあそろそろ行かなきゃ。お茶ごちそうさまです。おいしかった」
「腕によりをかけて作るから、夕餉を楽しみにしていてくれよ」
「ええ、楽しみにしてますね」
手を振って板さんたちと別れる。ああ、楽しみだ。苦労したからなあ。きっと美味しさ倍増だろうなあ。
とりあえず門まで戻って、自転車を門番さんに預ける。
荷物を運ぶときはいいけど、さすがに城の中をこれで走り回る気にはなれない。
両手にススキを抱えて、元就さんの執務室へと急いだ。あんまり遅いと怒られる。
「、入ります」
「入れ」
いつもの挨拶をして部屋に入る。元就さんはもう仕事を終えたようで、くつろぎムードだ。
私が両手に抱えているススキを見て、若干嫌そうに顔を歪める。
「、なんだそれは」
「ええっ元就さんススキをご存じ無いと」
「ススキくらい知っている、…消されたいのか」
「いや。遠慮します」
丁重にお断りする。いやほんともう、まじで勘弁してください。
最近元就さんは輪刀で新しい技を次々と開発していて、大概実験台にされるのは私だ。
一般人だし、一応手加減はしてくれてるらしいけれど。
あの、なんかバチバチっとするのは静電気みたいでとても嫌だ。嫌なんです。やめてけろ。
「我が言っているのは、その量のことだ」
「多いですか。適当に刈ってきたんですが」
「多い」
呆れたように元就さんがため息をつく。あれ、調子に乗って刈りすぎたかな。
とりあえず飾りますよと声をかけ、いそいそと花瓶につっこむ。
ぼさっと効果音が鳴った。おお。素晴らしくボリューミィ。これぞ秋。
「で、今日はどこで飲みますか。ここ?」
「客間が空いているだろう。そっちだ」
「了解です。じゃあ夕餉もそっちで頂いても?」
「構わん」
じゃあ遠慮なく、と客間の方に移動する。後ろから元就さんもついてきた。
すぱんっと障子を開けて、部屋の空気を入れ替える。おお、爽やかな風。
空いてる花瓶を発見したので、余ったススキをもさっとつっこんだ。
おお、こちらも素敵にボリューミィ。いいねえいいねえと満足気に頷いていると、
元就さんにさっさと座れと怒られた。理不尽だ。
客間に二人で座り込んで、促されるまま私が一方的にグダグタと話していると、
ふわんといい香りのする夕餉が運ばれてきた。もうそんな時間かと驚く。
窓の外を見ると、薄暗い中に綺麗なまんまるお月様。おお、綺麗だ。
月見団子が見当たらなかったので「団子はまだですか」と尋ねると、
「…食事中から団子を食べるつもりか」と元就さんから一蹴された。すみません。
早く月見団子を食べたい一心で、流し込むように夕餉を口にする。
里芋の煮っ転がしに、栗ご飯。秋ですね。うーん相変わらずおいしい。ガツガツいけてしまう。
しかし元就さんはマイペースに優雅に食べていたので、結局食べ終わってから待つはめになった。
そうですよね。城主より先に団子なんて食べられませんよね…。
まだかな、まだかなとうずうずしていると、元就さんにもう少し落ち着けとつっこまれた。
だって団子なんて食べるの久しぶりだし。甘いもの!甘いもの!
あまりにそわそわしていたのか、元就さんが食べ終わる頃を見計らって
女中さんがおかしそうな微笑みを浮かべながら団子を持ってきてくれた。
見事なピラミッド。おいしそう!涎が出てしまう。
キラキラした目で団子を見ている私を微笑ましそうに見て、女中さんが退室しようとする。
そこでふと持参したある物を思い出し、慌てて「あっ、水ってありますか」と声をかけた。
さすが元就さんとこの優秀な女中さん。すぐに持ってきてくれる。
「水など、何に使う?」
「元就さん。今日は珍しくおれがお酒を持ってきてないと思いませんか」
「…そうだな、にしては珍しい」
「じゃっじゃーん!実はちゃんと持ってきてるんです」
にへっと笑い、懐から小さな瓶を取り出す。
水と一緒に持ってきてもらったガラスの湯飲みに、その瓶の中身を少し注いで水で薄める。
ふわんと漂ういい香り。うーんたまらん。
くるくるっと軽く混ぜて、元就さんへ湯飲みをひとつ渡す。
「これは…梅酒か?」
「当たりです。去年の夏だったかな、いい梅を頂いたんで作ってみました。
一年ちょっとしか漬けてないから、味に深みはそれほど無いと思いますけど。
でも梅はいいものだし、焼酎もいいものを使ったのできっと美味しいはず」
そう言いながら、自分の分もささっと作る。おー、美味しそう。
本当ならソーダ割りにしたいんだけど、水割りで我慢。
じゃあ、かんぱーいと言いながらかつんと湯飲みを鳴らす。そのままぐいっと煽って、ぷはぁ。おいしい!
ちょっとしか月に供えてないけど、もう待ちきれないので団子にも手を出す。
てっぺんから頂きますぞと手を伸ばしたら、横からひょいっと攫われた。ああ、私の団子が!
恨みがましい目で元就さんをじとっと睨む。何食わぬ顔で咀嚼、嚥下。その横顔が憎い。
「…なんだ、何か言いたいことでもあるのか」
にやりと笑う元就さん。いいえありませんよ。ありませんとも。あるけどな。
いいですよ、2段目いきますから。てっぺんが無くなった今はここが頂点ですから。
負け犬のようなことを考えながら、団子を手にし、口に放り込む。
もぐもぐごくん。おいしい!やらかい!ほのかな甘みがたまらない。
むぐむぐと頬張ってぐいぐいと梅酒を飲む。この組み合わせは最高だ。マリアージュ万歳。
無言で貪っていると、元就さんから湯飲みを差し出される。
はいはい、酒を作れと。もういい加減慣れた。チッ、お坊ちゃんめ。
しばらく二人で月も見ずにもぐもぐ、ぐいぐい。たまに私が月に関する与太話をべらべら。
月にはウサギがいるっていうけど、あれってどうなんでしょうね。
あの模様がそう見えるのか。私にはどう見てもリスの親子にしか見えない。どっちにしろメルヘン。
そんな話をしていると、元就さんが思い出したように口を開いた。
「そういえば」
「ん。なんですか」
「の幼い頃の話、というのは聞かないな」
おおっときたか。その質問。
さんにも、適当に誤魔化してはぐらかして話さなかったこと。
捨て子になる前、何をしていたか。どんなところにいたか。どうやって生きていたか。
…でもまあ、今ならちょっとだけならいいか。酒も入っていい気分だし。
「おれが元は捨て子だってのは、ご存知で?」
「ああ、忍びが探った」
「探るほどの過去も無いんですがね。普通に生きてたはずなんですけどねえ」
そう言って首を傾げる。本当になんでここにいるんだろう。
「おれは、普通に生きて普通に育ちました。
途中ちょっと普通じゃないことになってここにいますけど。でも幸せです。昔も今も」
へらっと笑って、梅酒を一口。梅酒って結構度数高いんだよな。
調子乗ってるとまた酔っ払って元就さんに怒られる。
「捨て子になってもか?」
「そうですね。どのような形であれ、生きてることに意義があるんじゃないかと。
難しいことなんて分かんないですけどね。はは。割と保身的なんですよね、おれ」
「お前のどこが保身的だ」
「ですよねー!」
元就さんのつっこみを笑い飛ばし、団子をひとつ口に入れる。ああ、おいしいな。
もう既に酔っ払ってんじゃないかこのテンション。わはは。自分うざい。
「ま、要約すれば人生色々あるってことですよ。おれは今、幸せです」
結局、幼い頃のことは何も話してないような気がする。
怒られるかな。内心ビクビクしながらもちびちびと酒を飲んでいると、
ちょっと落ち込んでる風にでも見えたのか、元就さんが「…湯飲みを寄越せ」と言ってきた。
え。ついでくれるんですか。まじですか。初めてだこんなこと。
フェイクだったらどうしよう。酒ぶっかけられたらどうしよう。ありえるのが怖い。
と、元就さんに対して若干失礼なことを思いながら湯飲みを渡す。
普通に入れてくれた。え、まじで。ほんとに?
信じられない気持ちで元就さんから湯飲みを受け取る。手が震えてないか気になる。
「あの、毒とか。入ってませんか」
「…返せ」
「わぁ嘘ですうそうそ!わぁーいおいしそーいっただきまぁーす!」
ぐいっと梅酒を煽る。
ぐ わぁ ん、と目が回った。
うわ。この人薄めずに原液入れやがった。
信じられない!と涙目で睨むと、してやったりという顔をした元就さんが見えた。
まじで信じられない。鬼だ。こいつは鬼だ。まごうことなき鬼だ!
元就さんが初めて酌してくれたお酒は涙の味がした。なんてポエム。
原液なんて飲まされた結果、案の定私はべろんべろんになり、また気付けば朝だった。
団子と梅酒は綺麗になくなってた。あれ。食べた覚えないよ。あれ。
元就さんには二度と酒をつがせてはならない。
翌日二日酔いでふらふらしつつ自転車に乗り、坂道を下って死にそうになりながらそう思った。
09/02/26
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