好きな時間に起きて、顔を洗って着替える。
眠い目をこすりつつ、一日分のご飯をまとめ炊き。たまに炊きすぎて後悔する。
ご飯が炊けるまでの間に適当に味噌汁を作っていたら、ご飯が炊きあがる。
朝から手の込んだものなんて作れるほど料理はうまくないし好きでもないので、
近所の人からの差し入れや、適当に昨日の晩御飯の残りをつまんで朝ごはん。

お腹も膨れて、さぁ洗い物は溜め込む前にやっとくかとジャブジャブやってる最中に、
さん、おはよう。そろそろ店を開けとくれよ」と顔なじみのお客さんが来て、
「わあ、今ちょっと後片付け中なんですんませんもうちょっと待って!」と返事を返す。
もう、この町にもだいぶ馴染んだ光景だ。

そしていつもなら昼過ぎに元就さんの城へと向かうのだけど、今日は違う。
今日は私が勝手に決めた定休日だ。朝の営業は毎日やっているので、昼からだけ定休日。
最近は随分遠くから訪れてくれるお客さんも多いので、申し訳ないとは思うんだけど。
店の戸の前に「本日不在。ではまた明日」と自筆の札を下げる。
我ながら達筆だ。読めない。





07.本日不在につき





なんやかんやで月日は過ぎて、あっという間に私は17歳になった。
セブンティーンって響きがいいよね。この若さに満ち溢れてるって感じ。
おれ、今なら何でもできそう!と、この間さんの前で言ったら殴られた。おっさん、ひがむなよ。
店の経営の方は何も問題なし。さんは相変わらず好き勝手していると聞いたし、
私も好き勝手しているけれど、売り上げは年々上がっている。なので良いことにする。

そういや、成長期もそろそろ終わったみたいだ。にょきにょきと伸びていた身長は、
あっという間に元の自分の身長を追い越してしまった。でも男にしてはそれほど高いわけでもない。
普通だ。普通。可もなく不可もなく。それが一番だとも思う。
でも元就さんの方が足が長いのは、悔しい。なんだあの人スタイル良すぎる。
元就さんは細いくせに筋肉があって、力がある。腕相撲、週に1回は挑戦するけど全敗だ。
おかしいなあ、私も筋トレしてんだけどなあ。何が違うんだろう。やっぱ城主と店主の差なのか。




そんなことを思いながら、また筋トレをする。もう最近の趣味みたいなもんだ。
男の人は絶対一度は筋トレにはまると聞いたことがあるけど、あながち外れじゃないかもしれない。
鏡を見て、日に日についていく筋肉をみるのは楽しい。にやりとする。
女の人がダイエットするのと似たような感覚なんじゃないだろうか。違うかな。どうなんでしょう。
一番の理由は、腕相撲で負けるたびに元就さんが見下したように笑うのが悔しいからなんですけどもね。



暑いので着ていた着物を肌蹴て、上半身裸で腕立て伏せをする。変質者と呼ぶなら呼ぶがいい。
汗ダラダラの着物を着るのと変質者と呼ばれるのとなら、私は間違いなく後者を選ぶ。
汗を吸った着物ほど煩わしいものはない。洗濯するのが面倒だという理由も少しある。
打倒、元就さん!と心の中で叫び、汗をダラダラ流しながら筋トレ。…男って感じだ。

そういや、筋肉寺ってなかったっけ。あったような気がする。
行商中に行って、トラウマになりかけた記憶がある。確かあそこには金粉を売った。
一番のインパクトは、扉を開ける時の合言葉が「筋・肉・開・門!!」だったことだ。
ドン引きという言葉はこういう時に使うのだと思った。
閉めるときはなんて言うんだろう。「筋肉閉門」なのか。やだなそれ。ドン引き。

やっぱり、男って女と根本的に体が違う気がする。腕立てなんて10回やるので精一杯だったのに。
今は頑張ったら100回はいける気がする。少ないってか。ちくしょうインドア店主なめんな。
今日は150回目指す!とさらに意気込んだ瞬間、カランカランと店の扉につけている鐘が鳴った。
誰だ、せっかく人が張り切っているのに邪魔をするのは。



「すみませーん今日不在なんですけどー。表に札かけてたでしょー」



と、やる気のない声を出す。ああもう、緊張の糸が切れちゃったじゃないか。
もう今日は腕立て伏せできない。やる気しない。なんてことを考えながら
畳にべろんと寝転がっていると、聞き覚えのある声がした。



「…いるではないか」



元就さんだ。…元就さん?え、なんで。













呆気にとられている私を無視して、元就さんは勝手に家の中に入ってきた。
上半身裸で汗だくのまま畳に寝転がってる私を蹴飛ばすおまけつきだ。ぎゃふ!と情けない悲鳴を上げる。
ちょ、ちょっと待て。待て待て待て。何故元就さんがここにいる。こんな民家に。しょっぼい民家に。



勝手にちゃぶ台の前に座り、なんだこの家は、茶も出さんのかとでも言いたげな元就さんは、幻か。
しかし蹴られた腹は痛い。すごく痛い。幻じゃなければ、本人なのか。
信じられない光景に反応できないのと、筋トレで正直へろへろなのとが合わさって、
私は畳に転がった体勢のまま動けない。あ、元就さんに蹴られたダメージも少しある。というかかなりある。



「…え。元就さんだよね」
「見て分からんのか、その目は節穴のようだな」



哀れなものを見る眼差しでこちらを見る元就さん。…傷ついたりなんかしない。
この2年で私は学んだのだ。これは元就さんの愛ある対応だ。そうに違いない間違いない。
愛情の裏返しだ。そう信じてる。…マゾじゃない、マゾではないんだ。私はノーマルだ。

そう自分に言い聞かせていると、元就さんからの眼差しがさらに哀れなものを見るものになった。



「…元就さんなのは認めましょう。それはさておき何故ここに」
「…それより先に起き上がって服を着たらどうだ」



元就さんからもっともなツッコミがきた。それもそうだ。
よいしょっと、と声を上げて起き上がる。年寄りくさいと気にしたら負けだ。
手ぬぐいで汗を拭いて、肌蹴ていた着物をちゃんと着る。ああ、風呂に入りたい。



「話を戻しますけど、元就さんはなんで」



そこまで言ったところで、天井裏からビシッ!と音がした。…あの音は。



「…元就さん、護衛の忍びさんついてきてるでしょう」
「そのようだな」
「あの、余計なお世話かもしれませんけど、それ引くんじゃなくて押したら取れますからー」



そう天井に向かって話しかける。そう、あの音は天井裏に仕掛けてあったネズミ捕りが発動した音だ。
叫び声やうめき声は聞こえなかったけど、あれはひっかかったらかなり痛いはず。
どんな目にあっても声を漏らさない忍びさんには感服する。私だったら今頃のた打ち回ってる。



「で、話。どこまでいきましたっけ」
「お粗末な頭だな。何故我がここに来たか、であろう」
「それだ。本当にどうしたんですか。城以外で会うなんて、初めてじゃないですか」



首を傾げて尋ねる。元就さんと会うのはいつも城なのである。
大抵、元就さんに呼び出されて行くか、私が暇だから行くかのどちらかだ。
こんなパターンは初めてだ。私のこの小さな家の中に、元就さんが。とてもシュールな光景だ。



「得物を、新調すると言っていたであろう」
「…ああ、それか!」



手を叩く。リアクションが古い。いいんだここ戦国時代だから。
そう、この間城を訪れたときに、元就さんが「そろそろ得物を変えたい」と言っていたのだ。

武器を新調するとなると、勿論商品の目録を見るだけじゃ分からないので、
実際に持って重さや感触、使い心地などを確かめて貰わなくてはならない。
そのためには、色々な武器を持って城まで行く必要がある。
この店の店員は私一人なので、大量の武器を城までえっちらおっちら運ぶのは、勿論私一人だ。
どうやら、気を使って頂いたらしい。



「…ありがとうございます」



そう言って頭を下げて、にへっと笑う。
元就さんは、たまに、本当にたまにだけど、優しい。



「じゃあ早速ですけど、新調しますか。今日は特別に貸切ですよ」
「居留守を使っていたくせに、随分と調子がいいな」



そう言って元就さんが笑った。
いつもの皮肉っぽい笑みだけど、私は元就さんのこの笑い方が好きだ。











元就さんを、居間の奥にある武器倉庫へ案内する。この家は狭いけど、中身は色々詰まっている。
とりあえずあれやこれやと出してみた。昔、倉庫で見て何に使うんだと思っていたハリセンやルアーも。
そう、これは武器だったらしい。しかも結構強い。世の中見た目ではない。
あまりに色々と床に広げすぎたのか、しばらくしたら元就さんに「…、もういい」と止められた。
えー。まだ3分の1くらいしか出してないのに。

その中から、元就さんが使いやすそうなものを選りすぐっていく。
忍び向けの暗器とか、極端に力の要るようなものは省いていく。
こんなの元就さん使わないだろう、と思うものも省く。
そうして大分数が減った頃、元就さんがひとつの武器を手に取った。輪刀だ。



「これは、いいな。形が日輪に似ている」



理由、それですか。



「輪刀ですね」
「どのように使う?」
「えっと、以前話した、フラフープってのがあるでしょう。
 あれと使い方は似ています。こんな感じ」



そう言って、輪刀の練習用に作った竹製のフラフープをくるっと回す。
勿論、腰じゃなくて手だ。元就さんが腰でフラフープを回すところなんで想像できない。したくもない。
本物の輪刀と同じように、2つに分かれたり輪になったりするので、練習用にはちょうどいい。



「人によって使い方は異なりますけど。流れるように攻撃できるのが特徴ですね。
 刀ですから勿論そのまま切れるし、素質のある人なら何か特別な技もできるそうですよ」



そう言いながら、元就さんに練習用のフラフープを渡す。



「とりあえずこれ、練習用と本物をお渡ししますんで。実際に城で使ってみてください」
「ここでは駄目か」
「ヒィ!店壊すつもりですか」



やめてくれ、狭くてもここは大事な我が家だ。
元就さんの恐ろしい発言に本気でびびっていると、哀れに思ったのかやめてくれた。



「実際に使ってみてしっくりこないなら、また別のを探しましょう。
 しっくり来たなら、元就さん用に調整しますんで、また城にでも呼んでください」
「ああ」



床に散らかした武器を倉庫に押し込んで、居間へと戻る。
次に開けた時に雪崩がおきませんようにと祈った。
さぁて。まだ一日は長いぞ。どうしよう。



「元就さんはどうするんですか。もう城に戻るんですか」
「いや、もうしばらく庶民の生活とやらを見学しよう」



そう言って居間に座る元就さん。はいはい、茶を出せってことですね。







その後元就さんは結局夕餉を食べてから城に戻った。夕餉を作ったのは勿論私だ。
元就さんは姑ばりに口うるさかった。「、味噌は火を止めてから入れろ」…すみません。
なんでこっち見てないのに分かるんだ。背中に目があるのか。


夕餉の際には、念のため天井裏にいた忍びさんが毒見をした。
味噌汁を口にした瞬間むせていた。私の作る味噌汁が飲めないってか。こちとら毎日飲んでるんだが。

何も入っていないと確認された後で、私と元就さんと忍びさんという奇妙な組み合わせでの夕餉となった。
味噌汁を口にするとき、やっぱり忍びさんと元就さんはむせていた。何故。




「…、いったいどういう味付けをしたらこうなる」
「えっと。3人分だから、お玉に三回ほど味噌を入れたんですが」
「入れすぎだ」





我を塩分の取りすぎで殺す気か、と疲れたように言われた。すみません。
その後私も味噌汁を飲んだら、やっぱりむせた。なんだこれ。作ったの自分だけど人の食べるもんじゃない。
あまりの塩辛さに味噌汁にご飯をぶちこんで食べた。
最初は嫌そうに見ていた元就さんも結局はそうしていた。忍びさんも同様。
城主に猫まんまなんか食べさせる羽目になって本当にすみません。





城に帰る元就さんの背が胃もたれしてつらそうだったのは、気のせいだと思いたい。





09/02/17