そんなこんなで物騒な会話はあったものの、
元就さんは日輪…つまり太陽に関するお話がいたくお気に召したらしい。、
態度はそっけないが、私はちょくちょく元就さんの城に呼ばれるようになった。
ついでに儲かって、店主としてはうはうはだ。さすが一国の主、一回に買う量が半端ない。

再会して半年ほど過ぎ、季節はそろそろ秋。しかしまだまだ汗ばむ頃。
あまりに頻繁に城に呼ばれるので、私は店を出て元就さんの城下に住むことにした。
一番の理由は旅費がかさむからである。経費削減に自ら貢献する店主、私って偉い。
さんは「何事も経験だ、楽しめ!」と送り出してくれた。
そして店の方はというと、うちで一番のベテランである次郎さんに任せている状態である。
さんも、いつも次郎さんに任せて好き勝手していたのだから、大丈夫だろう。
親子二代にわたって迷惑をかけっぱなしで申し訳ない。俸禄はずんでおきますからね。





05.一生涯愛さないと誓います。





ああ、店の人からは勿論「お前、店主だろう!」というつっこみをされた。
おれは皆を信じてるサ…!と誤魔化したら、ブーイングを浴びた。
お前ら、安芸のあの元就さんに逆らえるのか!と啖呵をきったらブーイングは収まった。
物分りが良くて助かる。だって元就さん怖い。あの人に逆らえる人がいたら見てみたい。

しかし元就さんとは結構利益の高い、良い商売ができているので最終的には皆納得してくれた。
おまけにあの人、さんを何故かひどく嫌っているので、私じゃないと商売が成り立たないのだ。
さすがに一国の主相手では、店主か先代の店主じゃないと商売ができない。
立場が対等じゃないと屑みたいな値段で売らされるからね。ほんと一国の主なんかケチばっかりだ。

そんな私の目下の悩みとしては、太陽に関する話のレパートリーが無くなってきたことである。
今日は「北風と太陽」とか、どうだろう。怒られるだろうか。








「まいどー、です」
「ああお前か、いつもご苦労だな。入れ」



城下に住むようになってから、私は前以上に頻繁に城に遊びに…ごほっ、商売しに来ている。
3日に1回くらいは来てるんじゃないだろうか。暇な奴と思われてる気もしないでもない。店主なのに。
最初は色々と書類が必要だった出入りも、最近ではほぼ顔パスである。
忍びが変化してないかの基本的なチェックはされるけれど。
顔パスって、なんかセレブみたいじゃない?と内心はしゃいでいるのは顔には出さない。出てたらごめん。

今の私は、古い民家を改造して小さな店にした家に住んでいる。
そんなに立派なものではないけど、私は支店と呼んでいる。
イメージは町のお婆ちゃんがやってる駄菓子屋。売っているのは勿論駄菓子じゃないけど。
いや、実はこの時代の駄菓子も売ってたりするけど。基本はやっぱり何でも屋だ。
品揃えは少ないけど、本店からお取り寄せもできるようにしてある。
基本は町のちびっこやおっちゃん達が相手だが、どこから噂を聞きつけたのやら、
どこぞの偉そうなオーラが出ている人もたまに訪れたりする。
私の予想では、さんが言いふらしてると思われる。あの人はそういうことをしそうだ。


城の人達とも徐々にではあるが顔見知りになった。
たまに店に買い物に来てくれたりもする。意外と駄菓子が人気だ。
そんな訳で、今日の差し入れはお米でできた、シンプルだけど味わい深いおこし。皆喜んでくれるかな。



、入ります」
「入れ」



恒例となった挨拶をして、元就さんの執務室に入る。
最初はちゃんと来客用の部屋に通されていたのに、元就さんが
「このような馬鹿に気を使う必要などない」と非常に傷つくことをおっしゃってからは、
いつもここに通される。あの人、私にだったら何を言ってもいいと思ってるんじゃなかろうか。



「相変わらず神経質そうな部屋ですねえ」
「消されたいか」
「褒めてんですよ。はい、これ差し入れ」



今日はおこしでーす、と言いながら渡す。嫌そうに顔を歪める元就さん。
そらそうだ、彼は甘いものはそんなに好きではないんだから。
だからこれは必然的に元就さんの手から離れて、城の皆に配られるだろう。
それを計算してこの量なのだ。どうだ、大量であろう。ははは。



「なんの嫌がらせだ…」
「まあまあ。ほら、ちゃんといつものお花もありますよ」



手元に残った袋から一輪の花を出す。よし、しおれていない。
元就さんの部屋にある一輪挿しを、勿論水道なんか無いので持参した水でさっと洗って、
手馴れた仕草で花を飾る。まあ、水入れて挿すだけだけど。うん、今日も綺麗だ。



「今日は何の花だ」
「んー、なんだっけかな。町の子がくれたんですよ。桔梗じゃないですか、これ」



美しい青紫色をしたそれは、元就さんの殺風景な部屋に文字通り華を添えた。
これは、私が初めて元就さんの部屋に通されてからやり始めたことである。
怒られるかと思っていたけど、元就さんは割と風流な人だから、
特に褒めてくれることもないけど怒られることもなかった。

それから最初に仕事の話、商売の話をする。
んでは今月はこちらを入れさせて頂きますね、毎度あり。とひと段落ついたところで、
私の与太話が始まる。今日はやっぱり「北風と太陽」にしよう。
それ以外思いつかないんだからしょうがない。








元就さんにはメルヘンすぎるかなと心配していたのだけど、案外普通に聞いてくれた。
なぜ服を脱がす必要がある?と聞かれたが、気分じゃないですかと誤魔化した。
だって知らないよ。そんな真剣にこの話聞いてないよ。太陽が勝ったんだからいいじゃないですか。



「まあ、何事もせっかちにしちゃ駄目ってことじゃないですかね。
 冷たく厳しい態度だけで人を動かそうとしても、中々聞いてくれないこともあるんですよ。
 時には暖かく優しい言葉を掛けたりするだけで、驚くほど簡単に行動してくれることもあるんです」
「それはの経験論か?」
「いや、ただこの話にはこういう解釈もありますよって話。
 受け取り方なんて人それぞれじゃないですかね」



そう言ってへらりと笑う。おお、童話だけど意外と深い話になった。
これはネタにできる。やった、ネタいっこ増えた、と内心で喜んでいると、
元就さんが真剣な顔で口を開いた。



「お前は、よく人に慕われるな」



意外な一言に、こてりと首を傾げる。



「そうですかね。忍びにはうさんくさいと思われてますよ」
「…我のやり方は、間違っていると、思うか?」
「元就さん、それ、聞く相手間違えてません?おれ商人。ただの店主」



そう言ってみても、元就さんは話を終わらせようとはしない。
なんだかんだ言っても、まだ16にもなってないんだからなあ。
色々思うところもあるのかもしれない。
ふう、とひとつため息をつく。



「確かに、元就さんのやり方は、鞭ですよね。飴と鞭の鞭。部下の人はつらいと思いますよ」
「…飴など、やる気にもならぬ」
「でもね、まあ、いいんじゃないですか。駒だなんだって言ってるのにも、理由があるんでしょう?
 それに、おれ、怖くて言うこと聞いてるだけならこんなしょっちゅう来ませんよ。
 店主だって暇じゃないんですから。嘘ですすみませんちょっと暇です」



そう言いながら、窓の外を見る。いい天気だ。でも、もう今年は海には入れないな。
盆過ぎたらクラゲがひどい。あいつに刺されると痛いんだよなあ。



「はい、この話はここで終わり。終わりにしましょう。
 それにしても、いきなりどうしたんですか。自信家の元就さんらしくもない」
「縁談があるのだ」



ずっこけた。その場で器用にこけた。
え、え、え、縁談っていうと、その、結婚とかアレですか。え、えー、うそ、早くない?



「まだ我も未熟なため、受けるつもりは毛頭ないが。
 どこぞの厭らしい糞大名の持ってきた縁談なぞ、話にもならぬ」
「へ、へー。ふーん、ほー。元就さん言葉遣い汚いですよ」
にはそんな話はないのか?仮にも大店の店主であろう」
「仮にもは余計ですよ。さんそんなこと全然言ってないからなあ」



そう言いながら茶をすする。冷めてるけどおいしい。
さすがいいお茶使ってるね。ってうちの商品だけどね。

 

「そうか、縁談かあ」
「暢気だな、他人事ではなかろう」
「んー、お嫁さん?考えられないですね」



体は男なので、しかも思春期なので、そりゃ無意識のうちにムラムラきちゃうことはあるけれども。
ハーレム作りたいとか思うけれども。ちやほやされたいとか思うけれども。邪念ばっかだな、私。
でもそれは男としては極自然で当たり前のことであって、別にその女の人を好き、とかじゃない。
私は、この体になってからも、女の人を恋愛感情で見たことはない。
さすがに、女としての意識は残っている。男風呂普通に入るけど。
でも、店の跡継ぎのためには、当然そういうこともしなきゃいけないわけで。
ああ、目が回る。畳にへちゃっと倒れこんだ。



「おれ、嫁さん愛せる自信がない」
「男色か?寄るな」
「ちがう!ひどい!」



そこからは、いつものように騒々しく口論した末、いつものように一方的に苛められた。
私の中のヒエラルキーの頂点は間違いなく、元就さんだ。





09/02/12