とりあえず、さんは本当に商人だった。ひと安心だ。
ちゃんと町に着いて思ったが、私はとても運がよかったのだ。
もしさんが人買いだったとしたら、今頃どっかの賊の元で奴隷になってただろう。
なんで奴隷かって、さすがに少年の体じゃあね。
いやんあっはんなお店に売り飛ばされることもないと思うんですよね。
あ、でもそういう店もあるのか?お稚児とかいるし。
まあ深く考えるのはやめとこう。要は終わりよければ全て良しである。結果オーライ!
02.拝啓、今年も暑い日が続きます。
さんの店だというその店は、まあなんというか、想像していたよりとても大きかった。
私みたいな得体の知れない子どもを一人拾ってきても、余裕で養えるんだろう。そんな店だった。
大歓迎されるなんてことはありえないと思っていたが、大反対されることもなく、いたって普通に店の人は私を迎えた。
店の人の態度から察するに、「またさんが変なこと始めたな」という感じだった。おっさん、常習犯か。
店に住み込みで働き始めた私は、そりゃもう一生懸命勉強した。
戦国時代なんてそりゃ、今までとは何もかも違う。全てがゼロからのスタートだ。
私のみみっちぃ社会人経験値なんて、何の役にも立たない。
お世話になってる手前、帳簿のゼロが行方不明になる、なんてことはあってはいけないのである!
勿論、肉体労働も頑張った。小さい体では苦労することが多かったけれど、
性別は男なので体力が倍増していたのには助かった。男の子ってすごいんだねえ…と感心した。
さんの店はなんでも屋のようで、具体的に野菜屋とか魚屋とか、そういったカテゴリがない。
店の倉庫を整理していたときに、木箱につめられたルアーやハリセンを発見したときは、
ここは本当に戦国時代なのか…?というかむしろ何に使うんだ?と困惑した。
まあ、そんなこともあるだろう。なんでもアリなところのようだ、ここは。
そういえば、店の商品には鏡もあったので、自分の容姿をこっそりチェックしてみた。
見た目はやっぱり10歳くらいの少年だった。少女ではない。
いや、日常生活する上で男なのはもう十分分かってるんですがね。一応ね。
最初は少し痩せていた体も、きちんと食事をとって健康的に体を動かしているうちに、普通の体格になった。
顔は、私が小さかった頃の顔を想像していたのだけど、全然似ていなかった。むしろ別人だった。
残念!と言いたくなる顔ではなかったけど、特別綺麗な顔というわけでもなかった。こりゃハーレムは無理かなあと諦めた。
けれど、仕事中に暇ができた時を利用し、鏡に向かって営業スマイルの修行をしている最中。
なかなか笑顔はいーんでないの?ということに気付いて、心の中で自画自賛した。
そうしたら、同じように下働きしている仲間に変な目で見られた。
ナルシストじゃないのでそんな哀れむような目で見ないで…。かわいそうな子じゃないので…。
仲間曰く、私の営業スマイルはへらりとしていて気が抜けるらしい。失礼な。
「よっ、今日の店番はお前か、!久々になんか聞かせてくれよ」
「伊勢屋さん、毎度どうも!いつもご贔屓にしてくだすって。しかし、買うもんはちゃんと買って頂きますよ」
「分かってんよ、相変わらずしっかりしてんなぁ。いつもの3箱おくれ」
「かしこまりまして。次郎さーん、あれ3つ台車に積んで!」
はいよっ!という威勢のいい返事が聞こえてくる。
さんの店は、いつも活気に溢れていて、客はひっきりなしに訪れる。
普通の町の人から、どこから来たんだっていう偉そうな人まで。客層は様々だ。
「じゃあ待ってる間なんか話しましょか。天体の話お好きでしたよね。
うーんそうだなあ、月蝕についてなんてどうです?」
嬉々として、頼む!というおじさん。店の皆もこそっと聞き耳立ててるのを私は知ってる。うーん皆物好きだなあ。
働き始めて、というか私がここに来て1年が過ぎた。月日が経つのは割と早い。
店の仕事も普通にこなせるようになった私が店番中に何をしているかというと、お話だ。
お話というか、営業トークの合間にちょこっとだけ、現代じゃ当たり前の話をする。
この時代から考えると嘘のようなその話をすると、みんな目をキラキラさせて喜んでくれる。
内容はまぁ、子どもだったら御伽噺、大人だったら乗り物とか天体とかそんな話。
詳しく覚えてないことも多いので、知らないことは適当に脚色しつつ話す。
誰も本当のことなんて知らないから好き放題だ。どうせお話だしね、講義じゃないもん。ははん!
最初は、さんにの話が聞きたいと言われたことが始まりだった。
身の上話なんてものはできないので、地球は丸いんだよとかそんな話をした。
そしたらいつの間にやら、私の周りには店の仲間が輪を作っていた。びっくりした。
皆気配無さすぎだよ、もっと存在アピールしようよ!だから日本人は自己主張がないって言われるんだよ!
…そんな感じで、それから私はことあるごとにさんをはじめ、店の人に色々話をするはめになった。
まあ皆が喜んでくれるので、当然私も調子に乗って話をする。
そんな日々を過ごしたある日、どこから噂を嗅ぎ付けたのか
常連さんに「お前さん面白い話をするそうだな?どれひとつ話してみろ」と強請られ、
言われるがままに話しているうちにあっという間に町に噂が広まり、今では私の話を聞くために店に来てくれる人もいる。
勿論、買うものはきちんと買っていただく。商売ですからねこっちもね!
「…とまあ、こんなとこですかね。あ、台車の準備ができたみたいですよ」
「おお、もう準備できたのか!、続きはまた今度な」
「はい、またのお越しをお待ちしております」
ありがとうございましたーと、例のへらりとした笑顔で見送る。
そうして今日も日が暮れる。しかしこんなに喜んでもらえると、嬉しい反面ちょっと複雑だ。
…こんなにお話ばっかしてたら、そのうち話のネタが無くなりそうだ。
ネタ帳とか作ってみようかな…と眠りにつく前に考えた。それなんて芸人ですか、とつっこんだ。
この1年で、随分ひとりつっこみにも慣れてしまった。なんということでしょう。相方が欲しい。
一人称「おれ」にも違和感を感じなくなったし、日常生活で困ることもなくなった。
今じゃ普通に風呂にも入れるし、トイレ…厠にも行ける。
店の男連中とは風呂で背中の流し合いっこだってできる。慣れって怖い。
そんなこんなでまた年は過ぎ、私は12歳になった。
今はどこにいるかっていうと、かの鳥居が有名な神社である。ちなみに一人。ロンリー。
すごい、初めて生で見た。なんて大きな鳥居なんだ!カメラさえあれば記念撮影するのに!と悔しがる。
なんでこんなところにいるのかっていうと、行商中なのである。というか武者修行?
ことの始まりは、目が回るように忙しい年末を乗り切って、12歳になった頃。私はさんに部屋に呼ばれた。
「おぉ、悪ぃな。忙しい時間に呼び出してよ」
「いやいや、構いませんよ。それより何ですか」
「あ、今は敬語抜きにしてくれよ。仕事に関する話じゃねぇんだ。いや、関係ある、か?」
「どっちだよ」
今の私とさんの関係はというと、一応養子ということになっている。
さんの奥さんは子どもができない体質だったらしく、ずっと子どもが欲しかったそうだ。
時に厳しく時に優しく、とても可愛がってくれるいい人達である。
「あのなぁ、今店のもんの間でよ、次代の店主はお前にしようって声があがってんだ」
「ええっ、嘘でしょ?!こんな胡散臭いガキに任せたら店つぶれるよ!」
「ははっ、そう、確かにお前の存在は胡散臭い。山ん中に捨てられてたんだからな。
おまけに捨てられる前のことは話たがらねぇし。どんな家柄なのかも分かりゃしねえ。
お前を店主にすんのに反対してるやつの理由は全部それだ。家柄はどうするってな。まあしゃあねぇわな」
そう言ってさんはポリポリと頭をかいた。
まあ私もしゃあないと思う。なんてったって自分は身元不詳のガキなのだ。
下手したら店の顔に泥塗ることになりかねない。それだけは勘弁してほしい。
けれど、皆お前の話は気に入ってるんだがなあという言葉にちょっと嬉しくなる。
人格を否定された訳じゃないんだ。
「でも、うちは他の店と違って、家柄とかじゃなく実力至上主義だろ」
「うん。珍しいよね。それが?」
「今んとこ、店番中の売り上げはお前が一番なんだ。そこで、だ!」
バン、と畳を叩くさん。気合入ってんなぁこの人。
「お前を1年か2年くらい放り出そうと思う」
「え、なにそれ」
私、店主なれなくてもいいんですけど。衣食住が保障されてる暮らしの方が大切なんですけど!
よっぽど顔に出ていたのか、それを察したさんは先手を打つため口を開いた。
「、店主になったら俺のように割と好き勝手自由に生きることができるぞ!」
「やらせていただきます!」
そう、さんは、本当に好き勝手している。
基本、店の人に店番を任せて、普段はどこに行っているのやらよく分からない。
しかし、ふらっと出て行ってから一ヶ月後に帰ってきたかと思えば
がっつり儲けてきて大金を店に入れるのだから、どんな商売をしているのか不思議だ。
店番も嫌いじゃないのだけど、せっかく未知の世界に来たのだから
色んな場所に行ってみたいと思っている私にとっては、さんの言葉はとても魅力的だった。
「で、結局何をどうすれば」
「まあ、放り出すつっても、金はちゃんと持たせるよ。こんくらい」
そう言って手渡されたお金は、…なんというか、ものすごい大金だった。
「ええええええ何やってんの!何考えてんの!お金は大切にしろって教わらなかったの?!」
「野宿なんかさせて死んじまったら元も子もねぇからな。お前がやるべきことは、この金をどんだけ増やせるかだ」
興奮している私をどうどうと宥めながら、さんは言った。
普通の生活を送ろうと思えば、自然とこのお金は減っていく。
宿屋に泊まれば勿論減るし、食事をしても減る。
それをうまく商売することによって、減らすことなく、増やせと。そういうことだった。
さんがお金の価値を知らない世間知らずのお坊ちゃまじゃなくてよかった。
「まあ、皆を納得させるだけ増えたと思ったら戻って来い。
そん代わり無一文になったらそこまでの男だ、商売の才能無しと見て店からは放り出す。
名残惜しいがお別れだ、帰ってくんなよ」
「…さん、おれが前にした話に影響されてるでしょう」
「なんだっけか、虎穴に入らずんば虎子を得ず?」
「ライオンは子どもを谷底に突き落とすってやつ」
「そう、それだ!」
あの話いいよな、なんてにやにや笑ってるさんをとりあえず一発殴っておいて、どうするか考える。
ひどい、親父にもぶたれたことないのに!なんて言ってるさんは無視した。
考えたところで、さんは頑固な人だから、やるしかないんだろうけどなー。
「分かった。しょうがないなあ、行ってくるよ。お土産は何がいい?」
「お前の元気な体がありゃあ十分だ」
無事に帰ってくるんだぞと、最初の頃と変わらない大きな手で撫ぜられた。相変わらず痛い。
…まあ、そんな感動的な別れをして、私は今ここにいるのである。
行商はまあまあ順調。商品は、定期的にさんに送ってもらっている。
もちろん仕入れ値はきちんと支払っている。じゃないと意味が無い。
そしてもうひとつ、私には商売道具がある。お店で好評頂いていた、例の現代与太話だ。
この行商に出てからは、商品を買ってくれたお客さんにだけ特別に話すことにしている。
そうしたら徐々にだけど噂が広まってきて、最近では語り部のような仕事もあったりする。
常連さんの家にお邪魔して食事を頂いたり、一泊させてもらうこともある。
勿論お話することが条件だけど!そんくらいご飯と布団のためなら喜んでしちゃうもんね。
ああそうだ、一回だけ、最初の頃に軽い気持ちで野宿していたら、賊に襲われたことがあった。
あの時は本気で焦った。えええ少年一人に大人がひーふー…って大人気ないな!とつっこむも、賊はにやにやと笑うばかり。
とっさに焚き火にしてた木をぶんなげて逃げた。あれが当たった人はとても熱かったと思う。ごめんなさい。
それ以来野宿はやめた。人間無理しないことが大切、物騒な世の中ですものね。
そういえば、この前漁師のおっちゃんの船に乗って四国に行ったときは、機械の話をしたっけかな。
熱心に聞いてくれる子も居て、あれは楽しかったなあ。図面とか書いたっけ。
ここの技術は進んでるようで進んでなかったり、よく分からない。噂によるとロボットがいるそうだ。ありえない!
そして今日は、この神社の神主さんとの商売だった。お札かなんかに使うという紙を売って、
浦島太郎の話をした。神主は意外とメルヘン好きなおじいちゃんでかわいかった。
愉快な話を聞かせてくれた礼ということで、今日はここにお泊り。
神社に泊まるのなんて初めてなので、緊張してしまう。でもしっかりちゃっかり観光しちゃう!
さんの店を出てからもうすぐ半年。こちらに来てから2年とちょっとくらい。
皆さんお元気ですか。私は体が変わりましたがとても元気です。人生何があるか分かりませんね。
そういえば、商売の才能に目覚めました。そろばん捌きにかけては誰にも負けないつもりです。
そのうち帰ります。なので皆さんお元気で。こちらはとてもいい天気です。それでは。
届かない手紙の内容に思いを馳せて、さあそろそろ遊びに行くかと歩き出した。今日は、暑い。
09/02/08
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