04:外面は内面とは一致しないものだ


ぽかぽかと暖かな朝の太陽。
なんと気持ちいいことか!と自転車置き場で大きく伸びをした。
校舎へと向かう途中に植わっている桜の花びらもすっかり散って、
新緑がきらきらと眩しい季節になった。イコール毛虫要注意の季節だよ。
足下を注意深く見ながら教室へと向かう。朝から嫌な思いしたくないもんね。
…まあ、発見したら発見したで微妙な気持ちになるんだけどもね。見なかったことにしよ。



「おはよう猿飛君」
「ん…はよー、さん」

机に突っ伏して寝ていた猿飛君の背中に向かって声をかけると、
彼はそのままの体勢でで右手をひらひらと振った。毎朝お馴染みの光景だ。
うん、今日も一日が始まる。もう始まってるけどね、そこは気にしないよ。
ガヤガヤと朝の騒々しさに包まれている教室で、今日も私は猿飛君とだらだら会話する。

「今日さあ」
「…んー?」
「一限目の国語ね、漢字テストですよお前さん」
「…そうだっけ」

ぼけっとした、という言葉が一番しっくりくるような猿飛君の声。
眠いんだろうな。なんでそんなに眠そうなのかな。ここんとこずっと気になってたんだ。
そらぁ私だって授業中寝るけどさ。彼は尋常じゃないよ。常に寝ている。
この先生まじ怖い寝たら死ぬ、というような授業まで寝ているんだよ。勇者すぎるでしょう。
たまに本気でやばいときは私が椅子をガンガン蹴りまくって起こしている。私ってよいこだ。
机に肘をつきながら、私は猿飛君の根元まで綺麗なオレンジ色の髪を見つめる。

「なんだよその余裕、分けてくださいよ」
「その割に焦ってなくない?」
「焦ってる、ちょびっと焦ってる」
「ふーん」
「馬鹿にするなー」

コンっと靴の先っぽで椅子を蹴ってやると、猿飛君は「うわ」と小さく声を上げた。
ざまーみろ、睡眠妨害上等ですぞイエス。けらけらと笑っていると本鈴が鳴った。
朝のHRが始まっても、まだ寝る体制の彼に感心する。そんなに寝てるから大きくなったのかもね。
担任が教室から出て行ってから、漢字のプリントを取り出して眺めてみる。
どれが出るのかサッパリ分からない。半分ぐらいは分かるから、えっと、残り半分か。
眉間に皺を寄せながらうんうん唸っていると、机にガゴンと衝撃がきた。

「何悪あがきしてんの、さん」
「駄目じゃん猿飛君、必死な私の邪魔しちゃ駄目じゃん」
「俺そんなに真剣なさん見たの初めてだよ」

さっきの仕返し、と眠そうな目でにやりと笑う猿飛君。
後ろに体重をかけて私の机に椅子をガコガコぶつけてくるのがむかつく。定規で斬るぞと脅したい。
いっそのこと机を下げてやろうか。そしたら猿飛君は無様に後ろに転がるはずだぜ何それ最高イエーイ。
ガコンガコンと地味に揺れる視界でプリントを眺めつつそんなことを思う。
だけども天は猿飛君に味方したようで、まさに実行しようとした瞬間にチャイムが鳴り、
それと同時に現国の先生が入ってきた。運のいい男め、と呟く。
そりゃドーモ、と猿飛君はいつもの調子で微笑んでくるりと前を向いた。

起立、礼、着席。その間も私の目は往生際悪くも漢字のプリントに釘付けだ。
だってね、2年になって初めての漢字テストで点数悪かったら幸先が悪いし縁起も悪いというか。
私の脳みそよ、今だけでいい、今だけでいいのでアドレナリンを!大量放出してくれ!
フムッと気合を入れてると、教科書やらなにやらを机の中に入れるように言われた。
へいへい分かりましたよーっと。ガタガタ机を鳴らしながらプリントを机の中に押し込む。
ぐしゃっ、なんて嫌な音がしたよ。気のせい気のせい気にしないモーマンタイ。

猿飛君のごつごつした手から、私の手にテスト用紙が渡った。
彼の手はいつも爪が綺麗に切りそろえられていて、清潔感がある。真田君もそうだったな。
不思議な色の瞳と目が合って、ちらりとアイコンタクト。健闘を祈る。

先生の合図で裏返したテスト用紙には、問題が10問並んでいた。
1問目から早速分からない。なんと幸先の悪いことか!でも時間がないので諦めようハイ次。
2問目からはスムーズにすらすら書けて、7問目でまた躓いた。あー、次だ次。
8〜10問目はすらすらっと書けて、うん、これなら8点だしオッケーグッジョブ。
満足感に浸りながらふと視線を上げて、私は一瞬ビクリと椅子の上で震えてしまった。
そりゃ吃驚するよ、目の前の背中がテストだというのにいつものように机に突っ伏してるんだよ。
オイオイ猿飛君よ、君はそんなことで大丈夫なのかい。心配しちゃうよ私お母さんじゃないのに。
どうすんの、どうすんのキミー!と私が心の中で叫んでいることなど知らない先生が、
ちらりと時計を見て終わりの合図をする。途端に騒がしくなる教室。どうすんの終わっちゃったよ。

近くのヤツと交換して採点しろー、という声に更に教室が騒がしくなる。
私はどうも目の前の背中が心配になって、ちょいちょいと靴の爪先で椅子を蹴った。

「ん…おはよーさん」
「おはよーじゃないよ猿飛君テスト終わったよどうすんの」
「どうすんのも何も、採点するしかないでしょ?」
「そうだけどもそうじゃなくて」
「はい、じゃあ交換ねー」

目の前に差し出されたテスト用紙には、意外にも全部解答が埋まっていた。
ん?と何処と無く腑に落ちない感情を抱きながらも私もテスト用紙を差し出して採点する。

さん駄目じゃん解答欄は全部埋めなきゃさー」
「…埋まってるよ、心の目で見てご覧よ、さあ曇りなき眼で」
「ふーん」
「猿飛君は寝てたのに全部埋まっててすごいですね」
「俺様を何だと思ってるの」

目を細めて猿飛君が笑ってる気配がする。何だと思ってるの、って猿飛君だと思ってますが。
赤ペンをさかさかと動かす。ハイまるまるまるまるまるまるまる…まる?

「猿飛君」
「なーに」
「猿飛君」
「なーに、さん」
「猿飛君」
「仏の顔も三度までって言うよねー」
「ですよねー」
「で、なに」
「賢いね」
「そりゃま、俺様ですから」

俺様何様。にやっと笑ったその顔は初めて見た表情で、10点満点のテストが良くお似合いだった。

さんもハイ、良く頑張りましたー」
「あ、どうも…あれ、7点か」
「ここはみ出しちゃ駄目なんだよ」
「細かいね、小姑みたい」
「せめて舅にしてよ…」

悪気無く言った一言に猿飛君は苦笑いした。めんごめんご。
返されたテスト用紙には丸が7つとペケが3つ。間違ってるところにはちゃんと赤で正しい答えが書いてある。
世話好きだこいつ。ゼッタイ世話好きだ。ああ、だから真田君の保護者なのか。納得!

「猿飛君、努力してんだねえ」
「見えないとこでね」
「私もがんばるよ」
「旦那にも見習って欲しいよ」
「え?真田君もがんばってるよ」
「ん、知ってる」

そう言って猿飛君は笑った。やっぱり彼は真田君の保護者だ。





09/11/13