「ねぇ、僕らね、やりたいことがあるんだ」
「何だ?レイブンクローが被害を受けることなら断る」
「やだなあ、そんなことするはずないだろ!」
スリザリンならまだしも、と呟いたジェームズの言葉は聞かなかったことにした。
僕は今、グリフィンドールの談話室にいる。暖炉の傍のソファーは暖かく、眠気を誘う。
レイブンクローのネクタイをした僕が何故ここにいるか。
至極簡単なことだ。悪戯仕掛け人の彼らに連行されたのだ。
まあ、今日は天気も悪く、天体観測もできそうにないから構わないのだけど。
窓の外のどんよりした雲を見ていると、僕の前にリーマスが紅茶のカップを差し出した。
「有難う、リーマス」
「どういたしまして。砂糖はいらなくて、ミルクだけだったよね?」
頷く僕を満足そうに見て、リーマスはぼとりぼとりと角砂糖を自分の紅茶へと入れる。
リーマスは驚くほど甘党だ。思わず心配になり、一度それは飲んで大丈夫なのかと問うたことがあった。
大丈夫だよ、と緩く微笑まれては、何も言えない。ただ、心の中で心配している。
それは、人間が飲んで大丈夫なものなのかと。
スターリーヘヴン:05
「それでね、聞いてる?」
「嗚呼、聞いてるさ」
「の力が必要なんだ、頼むよ!」
頭を下げたジェームズのくしゃくしゃ頭を見下ろしながら、僕は思案する。
ジェームズの話は、とても興味深かった。
今度、この地では何十年ぶりに大規模な流星群がやってくるのだ。
僕は数年前から胸を躍らせて、その日を待っていた。
満天に降り注ぐ星、星、星。想像するだけで堪らない。
その流星群を、大広間の天井で見られるようにする。それが、ジェームズの計画だった。
「はさ、分かってるんだろ?今の大広間の天井は、現実の星空とは違うってこと」
「ああ、よく似ているが、違うな」
組み分け儀式の時に感じた違和感は、後々調べていくうちに明らかになった。
ホグワーツが建てられたのは、大昔だ。今の大広間の天井にかかっている魔法は、
その大昔の時代の星空を1年サイクルで繰り返し映しているに過ぎない。
雨や雷など、天候は現実のものが反映されているようだが。
いくら星空があまり変わらないとはいえ、長い年月が経てば、勿論星の位置は微妙にだが移動する。
無かった星が生まれているだろうし、塵となって消えた星もあるだろう。
それが、僕の感じた違和感の正体だった。
「今の魔法じゃあ、流星群は見られない」
「だろうな。そんなイレギュラーには対応していないだろう」
「だーかーら!そこで僕らが頑張るのさ。
幸い、今回の流星群は日が暮れてから一晩中見れるみたいだし。
新しい魔法をかけて、夕食時に大広間から流星群を見られるようにする!
どうだい、ワクワクするだろう?」
そう言ってジェームズは笑う。
確かに、彼は僕と同じ年とは思えぬほど、様々な呪文に精通している。
Mr.ブラックもそうだ。この二人がいれば、そんな魔法をかけることも可能なのかもしれない。
僕が思案していると、ジェームズの隣に座っていたMr.ブラックが口を開いた。
「要は、変身術の応用だ」
「天井を、擬似の星空へ。成程、確かに変身術の理論だな」
「ただ、変身術にはその変身させる対象への知識がいる。だから、お前の力が必要なんだ」
「僕の、天文学の知識が?」
「それに、は変身術も結構得意なんだよね」
恐らく滅茶苦茶に甘いだろう紅茶を飲みながら、リーマスが言う。
天文学には遠く及ばないけどね、と肩を竦めながら言うと、
お前は天文学が異常なんだよ、と呆れたようにMr.ブラックが呟いた。
「僕も、僕もできるだけ頑張るから!その、役に立てないかもしれないけど、
資料探しくらいなら、僕にだってできるから!だから、その…、一緒にやらない…?」
だんだん尻すぼみになりながら、しかしそれでも両手で握り拳をつくりながらピーターが訴える。
紅茶を一口飲んで、息をひとつ吐く。喜んで力になろう、と言った。
ジェームズが、それでこそさ!と嬉しそうに笑った。
そうして、僕と悪戯仕掛け人達の努力の日々が始まった。
何かに現実の星空を映すという魔法は想像以上に難しく、苦戦するばかりだった。
星空だけではなく、空に関する知識もなくてはならない。天候にも詳しくなくては。
毎日毎日、僕は遅くまで図書室でピーターの集めてくれる資料を読み漁った。
こんなに星を見ないことなんて今まであっただろうか。いや、ないだろうな。
悪戯仕掛け人の彼らも、日課のようにしていた悪戯をしなくなった。
空き教室や図書室で必死に魔法の練習をする僕達を、周囲は不思議そうに眺めていた。
でも、そんな日々は純粋に楽しかった。ハンカチの表面に星空を映すことに成功したときは、
皆で歓声をあげ、ジェームズとMr.ブラックが何処からか調達してきたご馳走で祝った。
どうしても分からない理論は、天文学の教授や変身術の教授に聞きに行った。
勉強熱心な生徒だと思われたかもしれない。かなり内容は偏っているが。
「僕は、今なら天文学のN.E.W.TでさえOを取れる気がする」
「同感だね、僕は変身術でOを取れそうだ」
「その前にO.W.Lがあるよ…」
「そうだね。でもその前に明日成功させないとね」
「まったくだ」
グリフィンドールの談話室で力尽きながらも、僕達はなんとか天井にかける魔法を完成させていた。
とうとう明日、流星群がやってくる。実際天井に魔法をかけるのは、明日の夕食時だ。
時計を見ると、もう既に時間は真夜中になっている。
「、どうする…?今からでも帰る?」
「いや…今日は悪いが泊めてくれ」
もし見つかって罰則などということになったら恐ろしい。
そんなことになったら待っているのはレイブンクロー生の冷たい眼差しだ。それは避けたい。
結局、彼らの部屋に泊めてもらった。ベッドに誘われたが丁重にお断りして、床に寝た。
そんなとこで寝るの!と言われたが、星を見ていたら気が付けば寝ていて朝を迎えていたこともあるし、
僕は何処でも寝れるんだ、と言うと皆呆れたように一度息を吐き、毛布を一枚ずつ分けてくれた。
ここ数日で、僕達は確かに友情を深めていた。
「、!どこ行ってたのさ、もう夕食が始まるよ!」
「すまない、魔法薬学でとんでもない失敗をした。居残りさせられてたんだ」
「あーもう、ほんと君って最高だよ!」
ジェームズに嫌味を吐かれつつ、急いで大広間へと向かう。
大広間の扉の前では、悪戯仕掛け人の3人が早く早くと急かしていた。
すまないと謝る暇もなく、バン、と勢いよくジェームズが扉を開き、杖を取り出して叫んだ。
「レディースアンドジェントルメン!ようこそお越しの皆様、ご機嫌麗しゅう!」
大広間は既に生徒や教授が集まっており、皆の視線が一気にこちらへと集中した。
正直に言おう。非常に居心地が悪い。僕は彼らに気付かれないように扉の陰へと避難した。
「最近の我々の様子について、不思議に思っていた方も多いことと存じます!
ええ、勿論、何もしていなかった訳では御座いません。全ては今宵のため!
我ら『悪戯仕掛け人』一同、そして『星狂い』が皆様のために!準備致しました!
さあ皆様、天井をご覧下さい、よろしいですか、目を見開いて、確りと焼き付けてください!」
星の輝く大空を!
その声に合わせて、ジェームズとシリウスが杖を振るう。
二人の杖の先から、眩しい星屑のような輝きが飛び出した。
それは勢い良く円を描きながら天井へと届き、大広間一面を白い輝きで満たした、その瞬間。
わぁッ、と歓声が大広間中に木霊した。
流星群だ。動きの無かった星空が、流星群で一杯になっている。
ワーワー、キャーキャーという生徒達の歓声の向こうで、
ダンブルドア校長がにっこりと微笑み、拍手をしていた。
僕と目が合うと、茶目っ気たっぷりにウインクされた。成功だ。
興奮に包まれた大広間をなんともいえない気持ちで眺めていると、Mr.ブラックに腕を引かれた。
「お前、なんでそんなとこに隠れてんだよ!こっちこい、こっち!」
「そうだよ、こっちで乾杯だ!君のおかげだよ!本当にありがとう!」
「見た?!僕、あんないっぱいの流れ星、初めて見た!」
「本当に綺麗だね!あんなに綺麗だったんだ、星って」
腕を引かれるがままに、グリフィンドールのテーブルへと連れて行かれる。
その最中、興奮した生徒達に口々に声をかけられた。最早大広間は寮が関係ない騒ぎになっている。
「、昨日帰ってこないと思ってたら悪戯仕掛け人とこんなことしてたの?最高だよ!」
「ありがとう、私、こんな綺麗な星空は初めて見たわ!」
「君って伊達に『星狂い』って呼ばれてないんだね、こんな魔法を成功させるなんて!」
もみくちゃにされながらも辿り着いたテーブルで、乾杯する。
周りの皆も、次々と流れる星に歓声を上げながらも思い思いの場所で食事を取り始めた。
あちらこちらでお祭り騒ぎになっている。スリザリンも例外ではなかった。
その様子が視界に入り、頬が緩んだ。やはり、星は皆を魅了する不思議な力があるのだ。
わいわいとした騒ぎの中で、校長が特別に出してくれたバタービールをちびちびと飲んでいると、
隣に座っていたMr.ブラックに声をかけられた。
「…あんがとな」
「いや、礼を言うのは僕の方だ。Mr.ブラックの変身術の腕が無かったら成功しなかっただろう。
やはり、Mr.ブラックはシリウスの名に相応しいと思うよ。素晴らしい星だ」
そう言いながらまたバタービールを飲む。この色は綺麗だ。
月に似ているかな、どうだろう。泡がクレーターで、うんそうだ、やはり月だな。
そんなことを思っていると、Mr.ブラックは天井の流星群へと目を向けた。
「…知ってるか?」
「主語が無いが、Mr.ブラック」
「…お前の名前。。東の国の言葉で『星』って意味があるんだ」
咄嗟に反応できず、Mr.ブラックの顔を凝視する。
そんな僕を見て、彼はおかしそうに笑った。
彼が僕の名を呼んだのは、初めてだった。
「俺は、お前こそ『星』の名に相応しいと思う。…」
「Mr.ブラック」
「ああもう、シリウスでいいっつの!」
何故か怒りながら、Mr.ブラックが…いや、シリウスが言う。
僕が?『星』?未だに呆気に取られていると、後ろから勢い良くジェームズに肩を組まれた。
バタービールを零しそうになり、慌てる。零れていたらどうしてくれるんだ、勿体無い。
文句を言おうと思い振り向くと、嬉しそうに笑ったジェームズとリーマス、ピーターと目が合った。
「ようやく言ったなシリウス!照れちゃって!ヘタレなんだからーもー」
「照れてねぇよ!つか離せ!うざい!」
「ねぇ、僕ら、いつシリウスがの名前を呼ぶか賭けをしてたんだよ」
「勝手なことしてんじゃねぇよ!」
「皆、今日に賭けてたから、意味がないんだけどね」
「ピーター、お前まで!」
本当に仲が良いな。ぎゃあぎゃあと騒いでいる彼らを見ていると、
ジェームズに強引に新品のバタービールの瓶を手に持たされる。
「と、いうことで!これからもよろしくね、『星狂い』の」
「こちらこそよろしく、『悪戯仕掛け人』のジェームズ」
がちゃん、と瓶を鳴らす。
「僕、ほんとはのこと最初は怖いと思ってた。でも、今は違うよ!またよかったら、天文学教えてね」
「ありがとう、ピーター。僕で良ければいつでも力になる」
がちゃん。
「また、僕の紅茶を飲みにきてくれるよね?」
「勿論。リーマスの紅茶は最高だ」
がちゃん。
「…これからよろしくな、」
「こちらこそよろしく、シリウス」
がちゃん。
その時、一際大きく、眩しい星が5つ流れた。
再び大広間中に響いた歓声を耳にしながら、僕達は笑い合って、乾杯した。
09/08/09
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