嗚呼、忌々しい。苛苛する。
カツカツカツと、僕の指は神経質に薬草学の机を叩く。
それもこれも、全て前方でぎゃいぎゃいと騒がしい『悪戯仕掛け人』のせいだ。
そしてその中にあの星の名をした彼がいることが、更に怒りに拍車をかける。
貴様、誇りはないのか。気高い星の名を名乗っている誇りは何処へ捨てた。

皆を楽しませることは賞賛すべき行為であることは認めよう。
だが、授業中ならば話は別だ。全くもって別問題だ。
授業を邪魔するだなんて。なんと愚かな。愚かにもほどがある。
現に、僕以外にも迷惑そうな目をしているレイブンクロー生は大勢いる。
知識を重んじる我々レイブンクロー生にとって、授業は素晴らしく神聖なものだ。
楽しんでいるのはほぼグリフィンドール生だということに彼らは気付いているのだろうか。

温室中を愉快にスキップしながらリズミカルに踊り狂っているマンドラゴラを見て、
僕は米神の血管がひくつくのを感じた。
今まで彼らの手により授業が中断された回数は、両の手で数えられる回数をとうに越えている。
もう、我慢などできない。
僕は、温室中に響くような大声を張り上げた。





スターリーヘヴン:03





「シリウスの名に恥じるようなことはするな、愚か者!」


騒がしかった温室が、一瞬シンと静まり返る。
全ての視線が、突如立ち上がった僕へと向けられているように感じた。
相変わらず踊り狂っているマンドラゴラは当然省略させて頂く。
初めて、気高い星の名をした彼と真正面から目が合った。
眉間に皺を寄せて、こちらを嫌そうに睨んでいる。
そして肩をすくめ、地を這うような低い声を出した。


「…んだよ、うるせぇな。ブラック家がなんだってんだ」


ブラック家?何を勘違いしているのだこいつは。
もしや僕の言っている意味が分かっていないのか。


「貴様の耳は節穴か、ブラックなど普通の色名はどうでも良い」


そう告げると、目の前の彼を含めてグリフィンドール生は皆唖然とした表情になった。
僕が星へ並々ならぬ熱い想いを抱いていることを知っているレイブンクロー生は、
いつかこうなると思っていたとばかりに息を吐いている。
僕も授業を中断させてしまっている一因になってしまったことは申し訳ないとは思う。
だがしかし、このままでは僕の腹の虫が治まらない。


「いいか、Mr.ブラック。シリウスだ、大事なのはシリウスだ」
「大事って、何が」
「何が大事だと?これだから自覚の無い奴は!己がどれほど素晴らしい名を名乗っているか認識しろ!」
「はぁ?」


完全に困惑した様子の彼に向かって、僕は続ける。
相変わらずグリフィンドール生は唖然とした様子でこちらを眺めているし、
レイブンクロー生はもう今日の授業は諦めた様子で片づけを始めているのが視界の端に映った。
薬草学の教授は踊り狂っているマンドラゴラの対処に精一杯のようだ。
もう知るか。こうなれば性根から叩き直してやる。


「シリウス、光り輝くもの、焼き焦がすもの。質量は太陽の2.1倍、半径は太陽の1.7倍。
 そして何より素晴らしいのは全天でもっとも明るい恒星だということだ。
 それなのに、それなのに貴様は下らぬ悪戯で授業妨害など!まったく、天の星が泣いている!
 いいかMr.ブラック。今からシリウスという星の素晴らしさについてみっちり講義してやる!覚悟しろ」
「え、いや、ちょ…」


心底焦ったように、目の前の彼は視線を泳がせる。
周囲に助けを求めているようだが、誰一人として彼と目を合わせようとはしない。
僕は怒りで我を忘れ、授業が終わるまで延々とシリウスという星の素晴らしさについて語った。






その日の放課後、僕は図書室へと向かうことにした。借りていた本の返却日が迫っている。
談話室を出て行くときに、同級のレイブンクロー生に声をかけられた。


、今日は随分とヒートアップしていたね」
「すまない、つい我を忘れた」
「いや、僕達、いつかは君がああやってブチ切れるだろうなって思っていたよ」
「冷静になれば、彼らにも悪いことをした。僕のせいで授業をぶち壊してしまったな」
「いいって。結局あの授業はマンドラゴラが踊りだした時点でぶち壊れていたさ」


彼がそう言うと、周りの生徒もそうだと言わんばかりに頷き、は悪くないと首を振る。
それを見て僕はとりあえず安堵する。これでレイブンクローの恥などと言われたら堪らない。


「これを機に、授業中は大人しくしてくれるようになればいいんだけど」
「僕もそれを願っている」
「本当にね。本を抱えているところを見ると、図書室にでも行くのかい?」
「ああ。よければ何かついでに返却してこようか?」
「うーん、有難い話だけど、いいや。結構借りてて、重いしね」


くすりと笑って肩をすくめる彼は、レイブンクロー生らしい勉強熱心な生徒だ。






図書室に着くと、カウンターに座っているマダムに本を返却する。
マダムは本に汚れが無いかをチェックしながら僕をチラリと見て、
「新しい星の本が入っていますよ」と小声で告げた。題名と棚番を書いた紙を渡される。
「有難うございます、マダム」と僕も小声で礼を言い、早速その書棚へと向かった。

この棚番だと、随分上の方にありそうだ。厄介だな。
嗚呼、首が痛い。上を見上げながら本を探していると、軽く肩を叩かれる。
何だと思い振り返ると、すぐ後ろに黒い髪を躍らせた眼鏡の少年が立っていた。
たしか、Mr.ブラックの傍によくいる少年だ。悪戯仕掛け人の一員でもあった気がする。
今日のことを思い出して思わず顔を顰めると、彼はそんな僕を気にした風でもなく微笑んだ。


「やあ、ちょっといいかい?」
「何だ?」
「いやあ、ちょっと今日のことを謝りたくてね」


笑顔で朗らかに話しかけてきた彼へ、僕は簡潔に告げる。


「この本を探してからなら構わない」
「どれだい?『星に魅入られた男達』に『惑星は天国への道標』…君、本当に星が好きなんだねえ」
「まあね」


面白そうに笑った彼は、「アクシオ!」と呪文を唱えて二冊の本を手元に呼び寄せる。
その鮮やかな手つきに、僕は思わず見惚れてしまう。成程、魔法はこう使うものか。
そういえば、彼も優秀な生徒らしいということを耳に挟んだことがある。


「助かった、ありがとう」
「いえいえ。じゃあ、本も見つけたことだし。こっちだよ」


腕を引かれて向かった先には、悪戯仕掛け人と呼ばれる者たちが勢揃いしていた。
当然、Mr.ブラックもいる。目が合うと、居心地が悪そうに視線を逸らされた。


「さぁて。今日は迷惑かけて悪かったね。レイブンクローとの合同授業中は控えることにする」
「他ではするのか?」
「やだなあ、そこは気にしないお約束だよ」


相変わらず朗らかに笑っている少年の真意が今ひとつ掴めない。
僕はどうしたらいいんだ。戸惑っていると、一番後ろから様子を伺っていた小柄な少年が口を開く。


「僕…君の事知ってるよ。『星狂い』のだ」
「ああ、それなら僕も聞いたことがあるよ。星に命を捧げた奴がいるって。君だったんだね」


少しおどおどしたような口調で話された内容に、眼鏡の少年が納得したように頷いている。
『星狂い』と呼ばれていることは知っていた。別に嫌ではない。むしろ誇らしいくらいだ。


「確かに、僕はそのだ。だが、僕は君達のことを知らない」
「これは失礼。僕はジェームズ・ポッター。で、君も知っている通り、あそこでむくれているのが」
「…シリウス・ブラック」


不本意そうな、低い声でMr.ブラックが呟く。
その彼に乱暴な手つきで背中を押され、小柄な少年が慌てた様子で前へと転がり出てきた。


「えっと、そのっ、…僕はピーター。ピーター・ペティグリュー」
「僕はリーマス・ルーピン。よろしくね」


静かに様子を見ていた、鳶色の髪をした少年が微笑む。
これは僕も自己紹介をした方がいいんだろうな。


「僕は。今日はこちらこそいきなり悪かった。星のことになると我を忘れる」
「いやぁ、面白いものが見れたからよかったよ」


楽しそうに笑っているMr.ポッターを、Mr.ブラックが蹴り飛ばしている。


「君達は、ペガサスの四辺形のようだな」
「ん?なんだい、それ?」
「少し前の時期によく見えた星だ。秋の四辺形とも呼ばれる。
 明るい4つの星が美しいんだ。君達みたいに仲が良くて、見ていると微笑ましい」
「へぇー、僕らって微笑ましいんだ」
「Mr.ポッター。授業中の悪戯さえなければの話だ」
「耳が痛いね。ああ、堅苦しいからジェームズでいいよ」
「ジェームズ?じゃあ僕もで構わない」


結局Mr.ルーピンのことをリーマス、Mr.ペティグリューのことをピーターと呼ぶことになった。
Mr.ブラックは黙ったままである。
こうして近くで見ると、本当に星に望まれて生まれてきたような容姿だと感心した。
それにしても、何故僕はこんなところで悪戯仕掛け人に囲まれているのだろう。
謝罪だけなら、特にファーストネームで呼び合う必要性はないんじゃないか?
そんな僕の疑問を見抜いたのか、ジェームズはにこりと笑って右手の人差し指を立てる。


「僕、いや、僕らはね、君とお近づきになりたいって思ったんだ」
「何故?」
「こいつ、シリウスね。ブラック家って知ってる?」
「ただの色名じゃないのか?」
「それだよ、それ。そんなの言ったのは君が初めてだよ。ほんともうおかしくって」
「基本、星にしか興味がないから。失礼だったかな?すまない」
「いや、それでいいんだよ。シリウスのことを色眼鏡で見ていない生徒って、珍しいんだ」


そう言ったジェームズは、どこか遠くを見るような目をした。


「だから、僕達はもっとのことを知ってみたい。どんな奴なのかね」
「それは知的好奇心か?」
「そうとも言う。不快かい?」


否、と呟く。
色々な知り合いを増やすのは、己の世界を広げるのに最も効果的だと父が言っていた。


「『星狂い』でも構わない?」
「勿論。それがいいんだ」


誰からも好かれるような明るい笑みを浮かべて、ジェームズが笑う。
勿論僕もその笑みは嫌いではない。好ましいと感じる。
差し出された右手を握り、互いに握手を交わす。


「これからよろしく、『星狂い』の
「こちらこそよろしく、『悪戯仕掛け人』」


細く長い図書室の窓から、暮れる太陽の光がゆらゆらと入る。
シリウスという気高い星の名を持つ彼だけが、どこか不貞腐れた表情を浮かべていた。





09/07/06