レイブンクローの談話室は、想像以上に素晴らしかった。
床もカーテンもハッとするほど青く、高い天井と床には嬉しいことに星が描かれていた。
アーチ型の窓は大きく、塔にあるため見晴らしも良い。当分はここで満足できそうだ。
この談話室を作ったレイブンクローは、中々趣味がいいな。知らず知らずのうちに笑みが浮かぶ。
寝室は、談話室からさらに階段を上ったところにあった。僕の部屋はその中でも一番上だった。
同室の寮生は口を揃えて「僕達ってついてない。こんなに階段を上らないといけないなんて!」と嘆いていたが、
その中で僕は一人上機嫌だった。高ければ高いほど、星に近づく。よく見える。
窓の外に輝くポラリスが、まるでこちらに向かってウインクをしているような気がした。
スターリーヘヴン:02
そうして時は巡る。気付けば1年と言う年月が経過した。
バシン、バシンという音が鼓膜を刺激する。
廊下に静かに木霊しているその音の発生源は僕だ。
一人で足早に歩きながら右手に杖を持ち、左の手のひらに叩き付ける。
ここ、ホグワーツに来てから癖になってしまった行動だった。
ホグワーツに来る前に通っていた学校で、教鞭を振るっていた教師を思い出す。
僕の杖は大きいからであろうか、振り応えがあると杖を買った店では言われた。
確かに振り応えが抜群であることは認めよう。
手の中に伝わる振動が癖になり、こうしてつい手のひらに向かって振ってしまうのだ。
そういえば入学して間もない頃、同室の寮生同士で互いに己の杖を披露しあっている時。
僕の杖の芯にはドラゴンの心臓の琴線というものが埋め込まれているのだが、
どうせならば一角獣の鬣が良かったと零すと、不思議そうな顔で何故かと問われた。
何故かって。数多の星座の中のひとつに一角獣座というものがある。
一等星に囲まれているため、なかなか目立つことはなく控えめな星座だが、美しい。
そして一方のドラゴン。一角獣座はあるが、ドラゴン座は無い。やはり一角獣だ。一角獣ならばよかったのに。
嘆いてみたところで、今更自分の杖は変えられない。将来ドラゴン座ができることを期待する。
ということを熱く語ってみたところ、皆ぽかんとした少々間抜けな表情を浮かべていた。
中々僕の星に対するロマンは他人に理解してもらえないが、ここでもそれは変わらないようだ。
唯一、天文学の教授のみが僕と熱く語ってくれる。それだけでも、ホグワーツに入学してよかったと思える。
そしてこの一年で、僕に強烈な憧れを抱かせたシリウスという名の少年は、
とても優秀な生徒であるということを知った。流石、シリウスを名乗るだけはある。
グリフィンドールとの合同授業の際に横目で見るその姿は、入学当初はどこか物憂げだった。
彼はいつも一人だった。周囲からどこか浮いた存在のように感じた。
その姿は、無駄に地上の光が溢れている町で見る、ぽつりと浮かんだ一等星を僕に連想させた。
本当ならば周りには星が溢れているというのに。しかし時が過ぎればそれも変わった。
黒い髪を躍らせた、眼鏡の少年が傍にいる姿をよく目にするようになったのだ。
それから彼が笑顔でいるところを見ることになった。良い事だ、と素直にそう思える。
やはり、星は輝いていないと。星は輝くから美しいのだ。
そのような事を考えていたら、見事に階段で躓いた。
顔面が段差と衝突する寸前でなんとか体勢を整える。忌々しい!
ふん、と鼻から息を吐く。行き成り階段の段差を高くするなんて。我々生徒を振り回して楽しいのか。
多少不機嫌になりつつも、足を動かす速度は緩めない。
僕はさっさと寮へと戻り、望遠鏡を取ってこないとならない。
それもこれも、ようやく天文学の教授の許可が下りて、自由に天文台の塔で星を見れるようになったからだ。
この一年、星を見るためには様々な苦労をした。
まず、寮の自室にある天窓から屋根に上ってみた。星は良く見えたが、
足場が斜めで安定しないため、望遠鏡を使えないことがネックであった。
次に、ふくろう小屋へと行ってみた。ふくろうが五月蝿かった。問題外だった。
次に、夜中にこっそりと抜け出して校庭へと行こうとしてみた。
が、寮を抜け出す直前にフリットウィック教授に見つかり、罰則を食らいそうになった。
以来、夜中にこっそりと抜け出すのは断念した。罰則など食らったら、レイブンクローの恥だ。
そうすると僕がじっくりゆっくり隅々まで星を見れるのは、自然と天文学の授業だけとなる。
星を見るために必死だった僕は、なりふり構わず教授に熱く語った。
星の素晴らしさ、美しさ、壮大さ、宇宙の神秘!
教授は勿論僕よりも深い知識を持っていたので、そんな僕に授業の合間を縫って色々なことを教えてくれた。
そのような生活を一年間続けてようやく、僕は自由に天文台の塔へと出入りする許可を貰えたのだ。
学校の都合上、個人授業や補習の一環とされているので、毎回レポートの提出が必須なのだが、
星が見れるのならば。星さえ見れるのならばそんなことは構いやしない。
ようやく手に入れた天文台の塔の鍵。にやり、と表情筋が緩む。
これからだんだんと空気が冷え、上空の空気が澄み、天体観測には最適の季節となる。
今から冬が待ち遠しい。この時期にこの鍵を手に入れられて本当によかった。
ようやく寮の扉の前に辿り着くと、ちょっとした人だかりができていた。
どうやら謎解きに詰まっているらしい。せっかくさっさと夕食を食べてきたというのに。
「困ったな」
ぼつりと声を漏らすと、耳聡い生徒が何人か振り返る。
その中に同室の寮生を見つけた。難しい顔をしていた彼は、僕を見てぱっと笑顔になる。
「!君ももう夕食食べたの?」
「まあな。それより僕は急いでるんだがな」
「そんなの僕だってそうさ!今日中に片付けないといけないレポートが溜まってるのに」
「僕はもう終わらせた。行きたいところがあるからね」
「ああ、天文台?ようやく鍵をもらえたんだね。よかったじゃない」
「有難う。だから僕は急いでいる。それなのにこれは一体なんだ?」
「ああ、見ての通りさ。またこの鷲が出す謎解きに詰まっていてね」
上級生がいればなあ、と彼は小さくため息を漏らす。
よく見れば、ドアの前に固まっているのは皆良く似た背格好の者ばかりだった。
このドアノッカーは、下級生だからといって謎解きに手加減をしたりはしない。
その時、とんとんと肩を叩かれる。何度か話したことのある、一学年上の女性の先輩だ。
「お話中ごめんね、」
「いえ、なんでしょう」
「謎解き、君なら解けるんじゃないかと思って」
「僕に?」
「そうだ、、君なら解けるかもしれない!」
「どうして?僕の成績はそんなに特別良いという訳ではないが」
「聞いて見れば分かるよ」
背を押されるがままに扉の前へと進む。
仕方がないのでドアノッカーを叩いた。鷲の口が開く。
「流れ星は何処へ行く?」
成程、星に関する謎解きだからか。
「私は、消えてなくなると思ったの。でもそれだけじゃないって」
「宇宙の果てに飛んでいくっていうのも違うってさ」
実際はそれでも間違いじゃないが、この鷲は中々に気難しい。
お気には召さなかったということか。しばらく思案し、僕は口を開く。
「目にした者の記憶に」
「よく推理しましたね」
キィ、と音が鳴って扉が開く。寮生たちから安堵の息が漏れた。
有難う、という声に軽く答えながら寝室へと急ぐ。貴重な観測時間が減ってしまう!
天体望遠鏡を抱えて天文台の塔へと走る僕はまだ知らなかった。
僕がさっさと夕食を食べた後に、大広間でちょっとした騒ぎがあったことを。
悪戯仕掛け人という存在が現れたことを。また、その一人にあの気高い星の名を持つ彼が含まれていたことを。
09/07/04
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