僕は、いつもの様に夜空を見上げていた。
真っ暗な闇の中瞬く星達は、毎晩毎夜眺めていたとしても決して飽きることは無い。
今宵は空気も澄んでいて、星を眺めるには絶好の夜だ。

ふと、視界に白いものが混じった。

その白いものはひらひらと、風に煽られながらも間違いなく自分の下へと落ちてくる。
不思議なこともあるものだ、と目を細める。真っ暗な夜空に、その白はとても目立った。
とうとう、その白いものは手を伸ばせば掴める距離まで落ちてきた。
深く考えずに、条件反射で手を伸ばす。かさり、と乾いた音がした。


「手紙?」


よくよく見ると、白ではなく黄色っぽいようにも見える。
暗いのでよく分からないが、そんな感じがした。
裏返すと、闇の中でもよく分かるエメラルド色のインクで文字が書かれている。


「満天の星空の下、星のよく見える丘、草原の上、様」


得体の知れない手紙は自分宛だった。
蝋で封緘されているその手紙は、ホグワーツというところから送られてきている。
僕を取り巻く世界は、その時からスルリと変わった。






スターリーヘヴン:01






気付けば、黒い服…ローブを着ている集団の中の一部と化していた。
僕は魔法使いだったらしい。そしてここは、魔法使いの学校らしい。
あの夜、空から降ってきた手紙は入学許可証だった。
家に帰って両親に見せると、ようやくきたかと笑顔でハグされた。
まさか、今まで「手品」だと思っていたものが「魔法」だったなんて。
確かに、少し演出が派手だとは思っていたが。そこまで深く考えていなかった。

それにしても、黒い。真黒だ。黒いローブが制服なのだから当たり前だが。
黒ばかり見ているのも飽き、ゆるり顎を上げると、天井には星空が広がっていた。
周りが「あれは魔法なんだよ」とボソボソ話しているのが聞こえる。
何処でも星空が見れる魔法があるとは、なんと素晴らしい!と感動した。
しかし、よくよく見ると、嗚呼成程、本物とよく似ている。
似ているとはいえ、いつも見ていた星空とはどこか違う。というのが感想だった。
魔法とは言ってもその程度なのか。嘆かわしい。
落胆するものの、星は今までのように外で見れば良いさと考えを改める。
星が見れるならば。何処でだって、星さえ見れるならばそれで良い。

ざわざわ、ひそひそ。
落ち着きのない自分達の前には、なんとも年季を感じる帽子が置かれていた。
どうやらあれで組み分けをするらしい。この学校には、寮が4つあるそうだ。
くどいようだが、星さえ見れればどこでもいいのだ僕は。星の無い人生など考えられない。
その点スリザリンとハッフルパフは却下だな、と内心で呟く。
寮が地下室だって?有り得ない。問題外だ。少なくとも窓は必要だろう。

腕を組みながら思案していると、組み分けが始まった。
名を呼ばれるごとに一人ずつ減っていく周りの黒い集団を見つめる。
そうだ、この黒いローブに、銀色で星を描いたらどうだろうか。
嗚呼、我ながら中々の名案だ、きっと素敵なローブになる。


「ブラック・シリウス」


一瞬耳を疑った。
星の名前だ。まさか、そんな、星の名をした奴がいるだと?
精一杯首を伸ばして前を見ると、ちょうど黒い髪が帽子の中へと消えるところだった。
ズボンを履いている様子から、シリウスという名の人物は男だということを知った。

グリフィンドール!と帽子が高らかに叫ぶ。
気高い星の名をした彼は、ざわめいている大広間をやや呆然とした面持ちで横切っていった。
真黒な美しい髪が印象的だった。まるで新月の夜空のようだ。
星に望まれて生まれてきたような外見。視線を奪うだけの条件は十分だった。





しばらくそんなことを考えていたら名を呼ばれて、慌てはしないものの早足で前へと歩く。
途中、ずるずると長いローブに躓きかけた。不便だ。非常に不便だ。
身長が伸びるだろうからって、こんなに大きくする必要性は感じない。
魔法があるなら伸縮自在の素材があっても可笑しくは無いだろうに。
少々苛々しつつ、頭からずぼりと帽子をかぶると、視界が真っ暗に閉ざされた。
新月の夜とはまた違う。星の光も届かない闇のようだ。


(ほう、星が好きなのかね)


頭の中に直接声が響く。
驚きはしたものの、振られた話題には返事をしなければならない。


(無論、当然、言うに及ばず。なかなかに愚かなことを聞くな、帽子さんは)
(それは失礼。君にとって星がそこまで大切なものだとは思わなかったものでね)
(星の無い人生など屑同然だと僕は考える)
(ふぅむ、面白い考え方をする子だ。知識欲は偏っているが旺盛、頭も悪くない)
(星についてのことならば可能な限り学びたい。それなりの自信はある)
(よろしい、ならば…)


レイブンクロー!と帽子が高らかに声を上げる。
わぁっと歓声が上がったテーブルの方へとふらふら歩いていく。
青いネクタイをした、笑顔の上級生達に迎えられた。


「ようこそ、レイブンクローへ。ここは知識を求める者が集う寮だ。歓迎するよ」
「ありがとうございます」


軽く挨拶や自己紹介をし、空いている椅子に着席する。
よかった、無事に地下を回避することはできた。今夜も星を見れそうだ。
木の椅子に座りながら、ぶらりと足を揺らす。その度に大きいローブが足に纏わりついた。
そうだ、学校に慣れたら、ゆっくり星が見える場所を探そう。生の星空のロマンに勝るものなどない。
いつのまにか黒から青色に染まったネクタイを玩びながら、ちらりと横に視線をずらす。

先程の、シリウスという名の少年の姿が見えた。
騒がしい周囲に、少し居心地が悪そうだ。
気高い星の名を名乗ることを許された少年に、羨望の気持ちが湧く。
最初に彼に対して抱いた気持ちは、まさに憧れであった。





09/07/04