桜の蕾が綻び、風に揺れながらその花弁を散らしていく。
新たな生命が誕生する、芽生えの季節。再び自分はその庵を訪れた。
相変わらず深い緑に囲まれた、静かな空間。
草木が生茂り、彼方此方に根が隆起した地面には、一見道など無いように見えるが、
目が、体が、足が覚えていた。迷うことなく木々の合間を進んでいく。
齢は十五を数えていた。
元服し、名も変わった。伊達政宗。それが自分の名だった。
腰に下げた獲物は刀。だが、六本あった。
何事も多い方が格好良いだろう?というの言葉の影響だった。
異国語は、もう自在に操れるレベルにまで達していた。
馬も、手放しで乗ることができる。崖を下ることなど、朝飯前だった。
あの日あの時、に誓った言葉は、決して忘れることはなかった。
強くなる。強くなって、再び、この地を訪れる。
なあ、俺は、強くなっただろう?
心の中で、そう問いかける。
相変わらず、お守りのように懐深く仕舞っているコインを、強く握り締めた。
庵は、以前と変わらない場所にあった。
だが、荒れ果てていた。まるで、初めてと出会った時のように。
は、何処にもいなかった。
庵の中にも、外にも、何処にも。
庵は、まるでそこに誰も住んだことがないかのように、人の気配が感じられなかった。
灰駆、という馬もいなかった。何も、なかったのだ。
無人の庵の前に、呆然と立ち竦む。
ざぁっと吹いた風が、木々と自分の髪を揺らした。
右目の眼帯に触れ、瞳を閉じる。
―――旅をする人かもしれない。
ふと、いつかのの言葉が脳裏に蘇った。其れと同時に、理解した。
は、また旅に出たのだ。
そう思うと、ここにがいないことが、理解できた。
そして思い出す。は、以前旅に出たときに世話になった人に
礼も言えなかったことを酷く悔やんでいる様子だった。
は能天気なように見えて、律儀で頑固だった。
きっと、そのことをずっと悔いていたはずだ。
そういう人間だった。だから自分は、憧れた。
閉じていた瞳を開ける。
のいない庵は、やはり荒れ果てていた。
だが、木漏れ日の中に浮かぶその荒れた庵は、何故か美しく感じた。
その庵に背を向けて、歩き出す。
なあ、聞こえているか。
今、どうしてる?俺は、天下を取るつもりだ。
もっともっと、強くなる。誰にだって、にだって負けないくらいに。
だから、用が済んだら、帰って来い。俺は、此処にいる。
自分を心配した側近の声が、前から聞こえた。
心配すんな!今戻る!と叫び、もう一度庵の方を振り返る。
「I look forward to see you again.」
またいつか会おう。
小さく呟いて見上げた空は、春の日差しが映える、柔らかな青空だった。
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09/08/25