「音の鳴る、箱の話をしましょうか」
「音の鳴る箱?」
「坊主、なんでぇそりゃあ」
武者修行という名の行商の旅に出てから季節がひとつ巡り、
辺りは初夏の陽気に包まれ始めた。じわりと額に汗が浮かぶ。
ふらりと立ち寄った漁港で、漁師のおじさん達相手に商売をした後は
いつものように他愛も無い話をひとつする。さあさ、見てらっしゃい寄ってらっしゃい。
キラキラと輝くおじさん達の目はまるで少年のようで、なんだかこっちまで楽しくなってくる。
いつまでも少年の心を忘れずに、ね。良い言葉だ。
番外編 きみの夢を口ずさむ
「へぇぇ、勝手に音が鳴るってか」
「不思議なもんがあるんだなぁ、世の中広ェやぁ」
「からくりでしてね。なんとも懐かしい、素朴な良い音がしますよ」
ああ、懐かしいな。聞きたいなあ。
簡単にオルゴールの仕組みを説明していると、おじさん達の一人がぽんっと手を叩いた。
「からくりかぁ。それだったら坊主、鬼が島に行きゃあ作れるかもしんねぇぞ」
「あぁ、そりゃあいい。名案だ」
「鬼が島?っていうと、鬼がいるんですか」
「いやいや、鬼はいねェさ。からくり好きの連中達が集った愉快な島よォ」
「そうだ、よかったら俺ん船で連れてってやるよ。おもろい話のお礼さね」
「アァ、そうだ、宗右衛門さんの船なら間違いねぇな!」
「坊主、行商してんだろ?なら良い経験になるさ、行って来な」
「タダですか?」
「ワハハッ、しっかりしてんナァ。タダに決まってんだろ!」
「漁に出るついでだァ、しっかり送ってってやるよ!」
日に焼けた顔でキラキラと笑うおじさん達に見送られ、
キビ団子を用意する暇もなく私は鬼が島へと旅立ったのであった。
せめて犬くらい連れて行きたいわー…という呟きは波の音に消えた。
鬼が島という響きに若干の恐れを抱いていたのだけど、
よくよく話を聞いてみれば四国のことらしい。ふむ、四国ならば怖くない。
無事到着した後は、漁師のおじさんに渡された地図を頼りにふらふらと歩く。
気付けば小さなお城に来てしまった。うおお、初の城だ。すごい、なんか興奮する。
そのお城には小さな製作所が併設されていて、どうやらそこに行けばいいらしい。
入り口を覗き込み、恐る恐る「まいどー…」と声をかける。
おぉッ!!と威勢の良い返事が返ってきた。うお、皆さんとても元気がよろしい。
若干びびりながらも、おずおずと漁師のおじさんに書いてもらった紹介状のようなものを差し出す。
「なんだぁ坊主、お前からくりに詳しいのか?」
「そうですね。異国のからくりについて、ちょこっと知識があるくらいで」
「んだトォ?!!!おいテメーら、全員こっち来い!」
「へい!!」
びりびり、と鼓膜が痺れるくらいの大声に圧倒される。
うわーなんかいかついおっちゃん達が寄ってきちゃった。ひい。
全員のギラギラとした熱気むんむんの眼差しにちょっと引く。
少年通り越して機械オタクの目だ。
素晴らしい熱気に内心「ウワァ…」と思いつつも、オルゴールの仕組みについて話し出す。
気付けば私も最初の恐怖はどこへやら、前のめりになって熱心に聞いているおじさん達と
立派な機械トークをしていた。だんだんと敬語も薄れ、気分はなんだか同志である。
私も十分機械オタクってか。そりゃ勘弁願う。
「つまりさ、ゼンマイでここの部分が回って、そう。んでこの突起がね」
「ふんふん、成程なぁ。こいつがこの金属板を弾いて音が鳴るって訳かい」
「そうそう。で、ここはこうなってて…」
私のつたない説明で分かるだろうかと不安だったのだけど、そこはさすがの機械オタクの皆様。
とりあえず大体の話を終えると、早速設計図やら部品やらを持ち出して
あーだこーだと皆さんで論争しながらのオルゴール作りが始まった。
さて、私はどうしようかなあと視線を彷徨わせると、
作業をしているおじさんの手元をキラキラした眼差しで覗き込んでいる少女を発見した。
ふわりと揺れる銀髪が、どうもこの空間と似合わない。とてもミスマッチである。
可憐そうなその雰囲気は、まるでお姫様のようだった。
「ねぇおじさん。あの子は誰?」
「んァ?…あぁ、姫和子ってんだ。おい、姫和子!」
近くを通りかかったおじさんが、その「姫和子」という子を手招きする。
なぁに?とでも言いたげに、こてんと首をかしげるその仕草がまた可愛い。
しずしずとこちらへ近づいてきた少女に、へらりと笑いかける。第一印象が大事だよね。こういうのはね。
「おれ、っていうんだ。同年代の子がいたから珍しくって。ごめんね、熱心に見てたのに」
とりあえず謝ると、ふるふると首を振られる。気にしなくていいってことか。
やさしいなぁ。女の子はいいなあ、可愛いなあとにへにへ笑う。
「姫和子っていうの?可愛い名前だね」
「…ん」
なんだか微妙な表情で頷く少女。名前気に入ってないのかな。
外見にぴったりの名前だと思うんだけどな。いやほんとに。
「機械に興味があるの?」
「…ッうん!」
機械という単語を出した瞬間に、ぱあっと表情が明るくなる。
花が咲いたような笑顔というものを初めて見た。くっ、眩しい。
目をこすっていると、くいくいと袖を引かれる。
「、さん」
「ん、なぁに?というか呼び捨てでいいよ。おれと同い年くらいでしょ」
「…うん。は、機械、好き?」
「無駄な雑学はたくさんあるよ」
「ほんとう?!じゃあ、いっぱいお話、聞かせて!」
満面の笑みで可愛い少女におねだりされて断る奴がどこにいる。
でれっと締まりのない顔になっていることは自覚している。みなまで言うな。
「いいよーいいよー暇だったし。おれでよければ」
「わぁ、じゃあ『おるごぉる』ができるまでうちに泊まっていって!」
おお、ラッキーだ。寝床と飯の確保ができた。これぞ棚から牡丹餅!猫に小判!
意味なんてたいして知らなくていいのだ、こういうのはノリだノリ。
早速案内するね、と私の手を嬉しそうに引く少女は、最初の人見知りしていた態度はどこへやら、
すっかり笑顔で楽しそうだ。やっぱ可愛い子は笑顔がいいね。
「ねえ、姫ちゃんって呼んでもいい?」
へらりと笑いながら尋ねると、最初はきょとんとした表情を見せていたのだけど
だんだん嬉しそうに顔を綻ばせ、こくりと一つ頷いた。
頬を染めて緩やかにはにかんだその表情は、本当にお姫様みたいだ。きゅんとくる。
まさか姫ちゃんが本当に城に住んでいるお姫様だとはその時知らなかった私は、
その事実を知ったとき「ぎょええ」と内心悲鳴を上げた。
どどどどうしよう、お姫様を「姫ちゃん」だなんてそんな気安い真似をしてもよいものか。
頭を抱えてうんうん唸っていると「、大丈夫?」だなんて姫ちゃんが可愛く首を傾げて聞くので、
もういーや可愛いしどうでもいーや、と開き直ることにした。可愛いことは正義です。
その後姫ちゃんと機械トークに花を咲かせ(某Gンダムの話をしたら驚くほど食らい付いてきた。びびった)
意外とこの時代の技術は進歩していることに吃驚したりもして(某Gンダムもどきがいるなんて、まさかそんな)
オルゴールが完成するまでの時間はあっという間に過ぎた。時が経つのは早い。
完成したオルゴールをキラキラした眼差しで見つめる姫ちゃんは本当に可愛くて、
奏でられるメロディを楽しそうに口ずさむ姿など、まるで妖精さんのようだった。なんてポエム。
「、わたし、機械に囲まれて暮らしたい」と嬉しそうに呟いた彼女の将来が少し心配になったことも
この際聞かなかったことにする。可愛いことは正義です。
09/04/22
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