ざぶん、ざぶんと耳に心地良い音を鳴らして、船は揺れる。
ごうっと時折強く吹く潮風が、そりゃあもう手加減なんてせずに髪をめちゃくちゃにする。
ああ、別にめちゃくちゃにされてもいいんだけど。男だし。
でも枝毛を見つけると地味にへこむので、今日は念入りに手入れをしようと決意。
こういうところが女々しいな。まぁ、元は女だからね。しょうがないよね。
大きな波が来るたびにぐらぐらと揺れる船で向かうは鬼が島。という名の四国。
勿論鬼退治ではなく、店に依頼が来たからだ。
なんでも、すごいからくりを使った兵器を作りたいらしい。
それで、からくりに知識のある人間が必要なんだとか。
それを聞いたさんに、ひよっこ店主の私がご指名されました。ご指名っすよ、ご指名。
磯の香りのする潮風を思いっきり鼻で吸い込んで、深呼吸。
おまけにだいぶ関節が目立つようになった指をポキポキと鳴らす。
さぁて、あんまり自信はないけどいっちょ儲けてやりますか!
番外編 仮初めにも恋
案内されたお城の謁見の間で、じぃと待つ。これがまた退屈。
誰かが見てると思うと姿勢を崩す訳にもいかないし。あぁ、早くこい。
出そうになった欠伸を必死で噛み殺す。あ、涙出た。
今回依頼してきた城主は私と年が近いらしい。元就さんもそうだけど、ほんと若いのにすごいな。
そういや、前にも一度この城にきたことがあった。お泊りしたんだよな、あの時。
姫ちゃんって可愛いお姫様がいたっけ。あの子の可愛さは犯罪だった。いやまじで。
戦国時代だし、もう嫁いでしまったのかな。またお話したかったのにな。
姿勢は正しつつぼけーっとしていると、部屋に居た兵士さんに肩を叩かれた。
突然なので吃驚する。やめてくださいよノミより小さなチキンハートなんだから。
「ななななんですか」
「あ、吃驚させちまったか?わりぃ、でもそろそろアニキが来るぜ」
「あ、それはどうも」
どうやら親切な兵士さんだったらしい。
内心怒ってごめんなさいの意をこめて、ぺこりとお辞儀する。
兵士さんは「いいってことよォ」とニカリと笑った。ああ、なんか海の男のにおいがする。
それはそうと、アニキ。ここの城主さんはアニキと呼ばれているのか。きっと男前なんだろうな。
そこまで考えて、はて?と首を傾げる。
前に城に泊まったとき、男の子なんていたっけ。
んん?と疑問符を飛ばしながら首をひねっていると、すらりと障子が開く。
慌てて頭を下げて平伏する。挨拶は最初が肝心だ。
自分の前に城主が座った気配を感じて、口を開く。
「今回はご依頼真に有難く。お初にお目にかかります、と申します」
「おォ、良く来たな!俺は長曾我部元親。まぁ固ェことは言わねぇから楽にしろよ」
顔上げな、と陽気な声で言われては、まぁ私としては逆らう理由も無い訳で。
それにしても随分気さくな城主だ。元親さんだっけ。
失礼しますと言いつつ顔を上げると、目に飛び込んできたのは綺麗な銀色。
…銀、色?
まじまじと凝視していると、元親さんも私の顔をまじまじと凝視していることに気付く。
わぁ、男二人がマジな顔して見詰め合ってるってなんだかいやだ。とは思いつつもやめられない。
姫ちゃんと、良く似た色だ。ひょっとして姫ちゃんのお兄さんか。
アニキって呼ばれてるし。確かにアニキって呼びたくなる外見だけど。
…いやいやいや待て待て。たしか姫ちゃんはこう言っていなかったか。
『姫ちゃんのその髪、綺麗だね』
『…ほんとう?』
『うん、おれは好き』
『…ほんとうに?』
『あはは、嘘言ってどうするの。ほんとだってば』
『…これね、わたしだけ、なんだ。わたしだけ、この色なの』
『そうなんだ。いいな、おれ真黒だから。キラキラ光ってて羨ましい』
『…、これ、変じゃない?』
『変じゃないよ。似合ってるし。綺麗だよ』
そう言うと、姫ちゃんはあの可愛い笑顔で『ありがとう』って嬉しそうにはにかんだのだ。
あの色は、姫ちゃんだけ。そして目の前の元親さんも、あの色の髪をしていて。
え、これは、え、うそ、そんなことって。この、男の中の男!と言ってもいい、この人が?
ぐるぐるぐると混乱している頭の状態で、気付けばぽろりと口から言葉が零れていた。
「姫ちゃん…?」
忘れている何かを思い出すように私の顔を見ていた元親さんの顔が、ぱぁっと輝いた。
「おお、か?久しぶりだなあ!」
太陽みたいな、なんとも眩しい男前な笑顔で、元親さんは笑った。
あまりの衝撃に一瞬目の前が真っ暗になった。な、なんということだ。
「え、え。ほんとの、ほんとに姫ちゃんなの」
「…まぁそう呼ばれてたこともあったな」
「ということは、本当に姫ちゃんなんですよね」
「しつけぇな、そうだッつってんだろ!」
元親さんは、過去の汚点を恥じるように頬を赤くして叫んだ。いまひとつ迫力に欠ける。
そして私はなんだか裏切られた感が満載な訳で。ぼろぼろと口から言葉が零れ落ちる。
「ひ、ひどい。あんなに可愛かったのに!」
「んなッ、う、うっせェ、時がたちゃ人も変わるんだよ!」
「あんなに可愛かったのに男なんて!詐欺だ。詐欺ですよこれは!」
部屋に居た兵士さんがこくこくと頷いている。同士発見。
明らかにうろたえた様子の元親さんが、焦ったように口を開く。
「ちょ、おいおい、まさかお前も俺が初恋だったとかいうオチじゃねェよな…?」
びくびくと、不安そうにこちらの様子を伺う元親さん。
お前も、ということは、そうか。初恋が彼という人はたくさんいたのか。
そして散々「オレの初恋はな…」とか言われたんだろうか。少し笑える。
海賊のような、なんとも頼りになる海の男、いや漢といえる外見をした人が、
そんな様子でこちらの様子を伺っている様子というのは、冷静になれば非常におもしろい。
こみ上げる笑いを必死で押し殺して、私は高らかに声を上げる。
「おれの純情を返してください!」
「じゅ、純情?っ、その、わ、わりィ!」
声を裏返しながら、城主という立場でありながらこちらに謝る元親さん。
…なんか可哀想になってきたので、遊ぶのはこのへんにしようと思う。
これからのお得意さんだし。うん、遊びはほどほどに。
「純情は奪われましたが初恋じゃないんで安心してください」
そう真顔で言うと、元親さんはぽかん、と口を開けた。
その間抜け面がどうにもおかしくて、とうとう笑いを我慢できなくなってしまった。
けらけらと笑い転げる私をしばらく呆然と見ていた元親さんだったけど、
私の笑いが伝染したのか、陽気な声を上げて笑い始める。
その笑みは、あの可憐な姫ちゃんの微笑みとは似ても似つかないものだった。
けれど、キラキラと輝いているところはまるっきり変わっていなくて。
からくりを使った兵器について話しているときの目の輝きだとか、全然変わってない。
ここに砲台を付けたらどうだろう、いやいや火を出しましょうよなどと熱く語りながら、
私はこれからも元親さんを姫ちゃんと呼ぶことに決めた。だって可愛いからね、このあだ名。
09/07/12
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