本日は天気が良い。しかし寒い。ああ、寒い。素晴らしく寒い。
寒い寒いと嘆いたところで、体感温度は変わらないのだけれど、
口を開けば寒いとしか出ない。誰か私に炬燵を寄こせ。カイロがほしいな。
そんな私は現在、奥州に来ている。現代なら、間違いなく牛タンを食べに行っているだろう。
今日は、かの独眼竜と久しぶりに会う。大きくなったかなあ、あの坊ちゃん。
番外編 苦しめよ少年
客間に通されてしばらく経ち、一人で出された茶をすすっていると、
強面の人が入ってきた。まあ、ここの城にいる人なんて、大概みんな強面だけど。
「悪いな、今日はわざわざ遠くから呼びつけて」
「わあ、誰かと思えば片倉様。また一段と男っぷりが上がりましたね」
「は…たいして変わらんな。ちゃんと食べているのか?」
「成長期過ぎた人間なんてこんなものですよ。お宅の坊ちゃんと一緒にしないでください」
最近、武器の調子はいかがですかと、当たり障りのない会話をする。
特に痛みもないらしい。それはよかったと、胸をなでおろす。
ここで、お前んとこの商品はもう御免だなど言われたら、店主として泣きたくなる。
野菜の話に花を咲かせていると、ばたばたばた、と廊下を走る音が聞こえた。
「あ、来たみたいですね」
「まったく…廊下を走りなさるなと、あれだけ申し上げているのに」
「そういうところがまだ坊ちゃんってこと、分かってないんですね」
「聞こえてるぜ!俺を坊ちゃんと呼ぶんじぇねぇって何度言ったら分かるんだ!」
そう言いながら、襖を開けて部屋に入ってきたのは、
かの独眼竜…なんて呼ぶにはまだまだ可愛らしい、伊達政宗その人である。
伊達政宗とはいっても、最近まで元服も済んでない子どもだったので、
私から見たらただの生意気な子どもだ。
そりゃあ当主の器というか、カリスマというか。そんなものには前々から感服していたけど。
表面上はたいして年の違わない私に「坊ちゃん」呼びされるのが屈辱らしく、
頬を染めて怒っている。かわいーな。こういうところが坊ちゃんなんだよな。
「じゃあ、梵天丸様」
「Shit!俺はもう政宗って名前があんだよ。分かってんのか?」
「まあまあ、政宗様。に何を言っても無駄だと言うことは、あなた様が一番ご存知でしょう」
そう言いながら伊達の坊ちゃんを宥める片倉さん。いいお父さんになれそうだ。
片倉さんのおかげで少し落ち着いたのか、坊ちゃんは普通に私の前に座った。
商談開始である。
「こうやって、政宗様と商談をするのは初めてでしたね」
「そうだな」
「今迄はお父上様とのお取引はありましたが。支払い方法等、説明は必要でしょうか」
「Ahー、いい。父上との取引を間近で見てたからな。今更だ」
「左様で。では、毎月の決まったお取引から始めさせて頂きます」
伊達の坊ちゃんは、坊ちゃんのくせに中々手強かった。
さすがというべきかなんというか。こちらの限界まで値を下げようとする。
とはいっても、私も一応大店の店主として、それなりに場数は踏んできているのだ。
結局三刻ほどかかってしまったが、双方納得のいく形で取引を終えた。
「では、こちらで話を進めさせて頂きますね。毎度あり」
そう言って帳簿をぱたんと閉じる。
坊ちゃんの目が輝きを増した。あー、始まるよ。
「んじゃ、今日も話してもらうぜ」
「もう今日は勘弁してください。ちゃんと宿屋とってきてるんですから」
宿屋なんかに俺の城が劣るってか?とガンを飛ばす坊ちゃん。
いやいやいや、城に泊まることになったら宿代の無駄ではないか。お金様は大事にしましょう。
伊達の坊ちゃんはそりゃあ好奇心が旺盛でいらっしゃる。
初めてお城に来たときに、商談が終わっても城主の背に隠れて中々出てこなかった坊ちゃんを、
ひとつ話でもして和ませるかと、某トトロの話をしたことが始まりである。
それから城に来るたびに話を強請られ、いつの間にやら城に泊まる準備が整い、
夜通し話す羽目になるということを繰り返したのだ。こちとらもうネタがないんだよ。
というか年だから夜は眠いんですよ。悲しい話。徹夜はつらいんですよ。
「今回はこれで勘弁してください。今日も儲けさせて頂きましたからお代は結構です」
そう言って、一冊の本を畳の上に置く。
「『料理の腕に自信のあるあなたへ 〜できるものならこの味を再現してみやがれ〜 』著者、…」
興味津々という風に、本に書かれた文字を口に出す坊ちゃん。
だから、そういうところが坊ちゃんだって以下略。
「なんだこれ」
「ある世界の食を知る奴が書いた、料理の手順書ですよ。あげます」
中々お目にかかれない料理ばかりですから退屈しのぎにはなるでしょうと呟くと、
坊ちゃんの顔は輝いた。退屈してたんだな。
まあ、私が書いたんですけどね、それ。ってのは本名ですけどね。
こちらに私の名前を知る人なんていないので、ペンネーム代わりにさせて頂いた。
ここじゃ見たことがない、私の好きな料理をここぞとばかりに書いている。
誰かが作ってくれるといいなーなんてちょっぴり期待している。
完全自筆なので、市場に出回ってる数は少ないけど。でも月に1回くらいお取り寄せの注文が入る。
物好きな奴もいるもんだ。どうも、あの題名に腕のあるものなら闘争心を煽られるらしい。
んでは私はこれで。また何かありましたらご贔屓に、と挨拶をして城を後にする。
こんなに早くに城を出れるなんて初めてだ。太陽の光って素晴らしい。
…なんか元就さんの影響を受けてきた気がする。気のせい気のせい。
それからしばらく後、坊ちゃんから「まず材料から揃わねぇんだが」と救援要請の手紙が届いた。
…やはり伊達家の権力をもってしても無理だったか。
うちにもそんな食材はありません、だからこそ挑戦のし甲斐があるでしょうと返事を書く。
さあ、頑張っていつか私にオムライスを食べさせてくれたまえ、独眼竜よ。
09/02/13
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