01:探しものは何ですか


きいきい、きいきい、きいきい、きーっ!
なんとも耳障りな音を鳴らして私のチャリンコは停止した。
いい加減新しいの買えよとよく言われるけど、父から譲り受けたこのチャリンコ、
なんともいえない昭和の香り漂うレトロさ加減が大変気に入っているので
私としては残り2年間の高校生活もばっちりとこいつにお世話になるつもりだ。
よろしく頼むぜ、レトロフレグランスチャリ。私の相棒よ。

ぽん、とひとつサドルを叩いて自転車置き場から校舎へと向かう。
途中に桜の木がぽつりぽつりと植わっていて、ひらひらとその花弁を散らしていた。
綺麗だ、綺麗だけど内心複雑だ。嫌な思い出が蘇る。
去年、この桜の木にいた毛虫さんに知らぬ間にうっかり刺されてしまい、大変な目にあった。
被害は主に脚だった。調子こいてスカート短くするんじゃなかった。
かゆいかゆい、あー思い出すだけでかゆい。
心なしかぞわぞわし始めた脚をざくざくと前に進める。かゆくない、かゆくない。

辿り着いた掲示板の前は、まだ人がぽつぽつとしか居なかった。
それもそうだ。だって、まだ朝早いもんな。
去年は災難だった。テレビで見た年明け福袋の取り合いの映像を思い出すほどひどかった。
しかし新入生で何も知らなかったあの頃とは違うのだ。経験値は着実に溜まっているのだよウフフ。
ということで人混みがあんまし好きではないので早起きしちゃったよ。
狙い通りの人の少なさに、私は廊下で一人にんまりと笑う。いーんだ、誰も見てないし。

2年、2年、何処かな何処かな私の名前。クラス別に貼られた紙を1組から順番に見ていく。
…あ、真田君。真田君だ!くそ、私の名前、何処だ?!
1組に見知った名前を発見し、必死になって自分の名前を探してみたけども
悲しいことに何処にもなかった。さようなら真田君。目の保養よ。セイグッバイ。

心の中で1年の時に目の保養という意味で大変お世話になった真田君に別れを告げて、
次は2組を探し始める。…ない、ない、ないぞ。
いつもそうなんだけど、自分の名前が無いと途中で見落としたんじゃないかとすごく不安になる。
はっ!ということはやっぱり私は1組なのでは?という甘い期待は、さくっと崩れた。

3組 …… …… ……   …… ……

まあ、そうだよね。そんなに人生甘くないよね。もう一度言おう、セイグッバイ。
さあてそうと決まったら行こうではないか我が教室へ。
3階かー、しんどいなー。でも4階よりましだ。3年になったら2階になれるといいな。
静かな廊下に、私のローファーの音が木霊する。
からりと開けた教室のドアの中は、まだ誰も居なかった。

「わお、一番乗りだ」

今までの人生上初めての経験。えーっとこういうときってどうすれば良いのだ?
とりあえず教室の中に入ると、黒板には机の位置と番号が書かれていた。
出席番号順に座るのかなと思ったんだけども、少し様子がおかしい。
黒板にはさらにチョークで大きく『 ↓ 』と書かれていたので、それにつられる様に目線を下げる。
と、ティッシュの空き箱があった。はて?新学期から綺麗な教室にゴミとは?
その箱を掴みえいやと振ってみるとカサカサと音がした。
よくよく見ると箱には赤いペンで『くじびき!』と書かれている。

はー、成程。このくじを引いて席を決めるんだね。中々おもしろいことをするじゃないか!
ところでこれって一番乗りの人は好きな番号引けちゃうんじゃないの?誰も見てないしさあ。
思わずきょろきょろと周囲を見回してみたけど、相変わらず校舎は朝の静けさに包まれていて
この教室にも誰も入ってくる気配はない。どうしようか。窓際がいいけど。

しばらく悩んでいたけど、もーいーやめんどくさい、と私はそのままくじを引いた。
ずるっこなし。イチイチ見て駄目だったら戻すのめんどくさい。
えいや、と気合を込めて引いたくじで決まった私の席は、真ん中一番後ろだった。
おお、これはこれは何気にいいスポットじゃないか!グッジョブマイフィンガー。
早速その席に移動し着席する。机も椅子も、そんなに落書きとか傷もなくて綺麗だ。
うーん、ついてるかもしれない。真田君と一緒だったらもっとついてたのに!

ちらりと時計を見ると、始業式までなんとまだ30分近くあった。
やっぱり少し早起きしすぎたかもしれない。新しいクラスメイトと交流を図ろうにも、恐らくまだ誰も来ない。
…寝るか。そうと決めた私は、早速机に突っ伏して目を閉じた。
久しぶりの机のにおい。ほのかに雑巾の香り。それさえ除けば暖かいし静かだし環境は抜群。
春眠暁を覚えず!久しぶりに早起きした私は直ぐに眠りに落ちた。ぐう。





聞き慣れたチャイムの音で、ふわりと意識が覚醒した。
むぐりと上半身を起こし、額に跡がついていないことを祈って指先でこする。
ぼわん、とぼやけた視界に映ったのは、なんとも、まあ。

鮮やかなオレンジ色だった。

こんなに綺麗に人の髪の毛って染まるものなのね、と感心しながらぐるっと首を回す。
教室の中は当たり前だけども既に人で賑わっていた。その中でちょこちょこと顔見知りを発見する。
だんだんクッキリしてきた視界でもう一度前を見ると、やっぱり綺麗なオレンジ色だった。
私の前の席をゲットしたらしいその人は、チャイムが鳴ったのにまだ机に突っ伏して眠っているようだ。
よく寝るなあ。半ば感心していると、担任の先生らしき人が教室へと入ってくる。
始業式行くぞー、との声に皆がガタガタと机と椅子を鳴らして立ち上がり、
既に相当な騒ぎになっているのにその人は未だ目覚めない。
オイオイしぶといな、と思いながらも心優しい私は彼を起こすことにした。

がつん。

靴の先っちょで目の前の椅子を軽く蹴飛ばすと、がばりとその背が起き上がった。
きょろきょろと周囲を見回した彼は、んー…、と低く唸りながらも
周りが皆講堂へと向かっていることを察して、非常に眠そうな顔をしつつ立ち上がった。
さて、それでは私も行きますか。よいしょと立ち上がって彼の後ろをへろへろついて行く。
私も彼も寝起きなので、二人とも非常に足取りが怪しかった。階段で落ちないことを祈ろう。

講堂へ向かう廊下の途中。目の前でゆらゆらと揺れている頭を見上げて、ふと思う。
私はこのオレンジ色をどこかで見たことがある。あれ、おかしいな、どこだったかな。
思考をあちらへ飛ばしていると、前方から人混みでもよく通る声が聞こえた。

「さすけー!」

真田君の声だ。誰かを呼んでいる。さすけ?
その言葉にピンときた。ああ、そうだ。この人、真田君の保護者の『さすけ』だ!
去年、よく真田君に辞書を貸したり弁当を届けたりジャージを貸したりしていた人だ。
思い出せたことにスッキリして前を見ると、人混みをかきわけて真田君がこちらへと向かってきた。

「旦那」

そう呟いた『さすけ』の声は、すこし驚いたような困ったような声だった。
ただ見えるのは広い背中だけなので、表情までは分からない。
対して真田君はとてもいい笑顔だった。寝起きにはなんとも刺激的。
終業式以来の真田君の眩しい笑顔に、きゅんと胸が高鳴る。
そんな私に構うことなく、二人は私の目の前で会話を始める。

「旦那、駄目じゃんこっち来ちゃ。ちゃんとクラスんとこ行きなよ。1組だろ?」
「まだ入り口で詰まっているので大丈夫だ!それより佐助、今日は昼飯はいらんぞ」
「そんくらいメールで送ってよ…」

呆れたように肩を落とした『さすけ』。やっぱり保護者のようだ。
と、真田君の大きな瞳がふとこちらを向いた。驚いたようにその瞳が丸まる。

殿!奇遇だな、3組になられたのか!」

その言葉に私の瞳も丸まった。おお、まさか気付いて話しかけて貰えるだなんて!

「やっほう真田君、そうだよ3組になったんだよ」

にっこりと自分にできるであろう最上級の笑み(当社比)を浮かべると、
こちらを振り返った『さすけ』と目が合った。

「何旦那、知り合い?」
「おおそうだ佐助、彼女は去年俺と同じクラスだった殿だ」
「どうも、です」
「そして殿、こちらは佐助だ。俺の保護者のようなものだ」
「どうも、保護者です」

真田君に今ひとつ紹介になってない紹介をされて、
私と『さすけ』は必殺日本流曖昧な微笑みを浮かべて頭を下げあった。
どうやら真田君は『さすけ』に世話をされている自覚があったらしい。

そのとき、ざわざわとした廊下の向こう側から「こら、真田ー!列に戻れ!」という野太い声が聞こえた。
真田君は慌てた様子で「佐助、飯はいらぬからな!」と言い残してまた人混みを掻き分けて行く。
その背中を見送って、残された私と『さすけ』は顔を見合わせてまた曖昧な笑みを浮かべた。
曖昧な笑みってこういう時便利だよね。はっきりしない日本文化素敵です。ブラボー!
ゆっくり進み始めた列の中で、また前を向いた『さすけ』の背中を見ながらそう思った。





09/10/05