それは、とても暑い日だった。
久しぶりに里帰りして、店長らしくはりきって店番をしている時。
なんだか異様に焦っている声が、私を呼んだのだ。



「ちょ、さん、てぇへんだ!」
「なに、どうしたの」



人生慌てるといいことがないよ、と呟きながら首を傾げる。
はあ、はあと肩で息をした丁稚のお兄さんは、とんでもないことを口走った。



「ちっちゃいこが米俵からでてきた!」
「なんだってェ?!!」



人生慌てるといいことがないよ、と暢気に言ったばかりのくせに、
私はそのちっちゃいこが出てきた米蔵へと大慌てで走った。そしたら途中でこけた。
案の定慌てるといいことがない。人生のんびりいきましょうよ、ほんとにね。





番外編 可愛い子恐怖症




米俵から出てきたというちっちゃいこは、本当に小さな少女だった。
小学校1、2年生ってとこだろうか。いや、ひょっとして3年生くらいかもしれない。
雪の色をした髪をきゅっと三つ編みにしていて、つぶらな瞳がとっても可愛い。
ああ、美少女だ。美少女バンザーイ。と思って慌てて首を振る。現実逃避してる場合か。



「おーい、大丈夫かい」
「…兄ちゃん、誰だ?」
「おれはこの店の店主。っていうんだ。そしてここはうちの店の米蔵。そして君は?」
「…おらは、いつき。いつきだ」
「うん、名乗れる子はいいこだ。飴をあげよう」



小さな頭をぐりぐりと頭を撫で、懐から出した飴をバラバラと少女の膝の上にばら撒く。
こちらを警戒してがちがちに縮こまっていた少女は一瞬びくりとしたけど、
自分の膝の上に色とりどりの飴が乗っかってるのを見て気が抜けたようで、小さく笑った。
「兄ちゃん、変な奴だな」なんて失礼な一言付きで。いや可愛いからいいんだけどね。

なんだなんだと集まっていた店の皆はその様子を見て、とりあえず私に任せることにしたようだ。
さんしっかりね!などと言い残して店番に戻っていく。
お前らめんどいことに巻き込まれるのが嫌なだけだろ!とは言わなかった。だって店番大事だもん。
米俵に囲まれて座り込んだ少女の目線にあわせるように、よいしょっと屈む。



「ねえ、いつきちゃん」
「いつきでかまわねえべ。おらも兄ちゃんのこと、兄ちゃんって呼んでもいいだか?」
「いいだいいだ、構わんだよ」



へらりと笑いながら厳かに頷くと、すっかり緊張の糸も緩んだようで楽しそうにいつきも笑う。
むしろ大歓迎だよとは言わない。だってなんか変態っぽいじゃんね。



「いつきはさ、なんで米俵から出てきたの。この米、北の方から仕入れたんだけどな」
「…おらな、北の国の生まれなんだ。ちっせえ村だべ。でもおらは、あの村が好きだ」
「うん?」
「…でも、でもな!おら、もっと広い世界を見てみてえって思ったんだ。
 あの村も好きだけど、でも、外の世界も見てみてえって」
「うん、広い世界を見るのは大事だよね。そんで?」
「おら、思いついたんだべ。あの米俵ん中さ入ったら、村の外に行けるって!」
「そうかそうか、若さって怖いね」
「おらの村の米、色んなとこに売られていっただ!色んな街だ!
 その度におら、外に出ては米俵ん中さ入るってこと繰り返して、ここまできたんだべ」



どこか自慢げに笑ういつきに、私は驚いた。
なんとまあ。お子様の行動力とはここまで恐ろしいものだったか。
しかし、知った以上はちゃんとその村まで送り届けないといけない。それが大人の義務ってやつだ。
迷子の迷子の子猫ちゃん、あなたのおうちはどこですか、ってな感じで。



「そうかそうか。大冒険だったね。でもいつき、そろそろ村に帰ろうか」
「なして?おらはまだ色々見てみてえだ!」
「おれが送って行ってあげるから。その途中で色んなとこ寄ってってあげるよ」
「…ほんとか?」
「ほんと。おまけに飴もあげちゃう」



そーれ、とまた懐から飴を取り出して、いつきの目の前でひらひらと振る。
どんな大冒険をしたって所詮子どもだ。飴様の誘惑には逆らえまい。
さあ、どうする?と首を傾げると、いつきはしばらく悩んだ末にこくりと頷いた。うん、いーこ。








そうして奇妙な縁でいつきを村まで送り届けることになったんだけど、
途中で寄った町で、佐助少年に出会った。「あれ、じゃん」と声をかけられたのだ。
いつきと手を繋いでいる私を見て、佐助少年は珍しく驚いた顔をする。



「…どしたのアンタ、とうとう人身売買にまで手を出したの?」
「んな、失礼な。そんなタチの悪い商売はしません」
「なあ兄ちゃん、こいつ誰だ?」
「うわー、失礼なお子様」
「どっちがですか。この人は佐助さん。うちの店のお客さんだよ。
 で、この子はいつき。大冒険してうちの店まできて、村まで送り届けてる最中です」
「送り届けるって、どこまで?」
「…北の国だっけ?」
「んだ!さいほくの村ってみんな言うだ!」
「最北の村ってアンタ、そりゃまた…」



呆気にとられた様子で、絶句する佐助少年。
だよねえ、こんなちっちゃい子が最北の村から大冒険してここまで来たって吃驚だよねえ。



「…まあ、頑張りなよ」
「はい、佐助さんもお元気で。またうちの店来てくださいね」
兄ちゃん、早く行くだ!」
「はいはい、飴あげるからちょっと待って。じゃあ佐助さん、失礼します」
「またねー」



ひらひらと手を振る佐助少年に手を振って、早く早くと急かすいつきに腕を引かれる。
ああ、どっちが年上だか分かりゃしない。可愛いからいいけど。
将来悪女にだけはならないでね、頼むから。と天に祈った。








そうして、なんやかんやありつつも無事にいつきを送り届けた私は、
久しぶりに安芸の国に戻って元就さんのお城へと向かった。
そこで待っていたのは、元就さんからの異様に冷たい眼差しだった。
なんで。私なんかしたか。



「あの、元就さん、怖いです。おれ、何かしましたっけ」
「…貴様、少女をたぶらかしてあちこち連れまわしていたそうだな」



そう言った元就さんの眼差しは、心底哀れなものを見る眼差しだった。



「んな、ちが、違う!あれは迷子を家に送り届けただけというか」
「見損なったぞ、飴で餌付けまでしていたというではないか」
「ちょ、あれはいつきが飴好きだから!」
「ほう、そうかいつきというのか」
「ちが、違うんです…というかなんで知ってるんですか」
「橙の髪をした猿が、我の城にやってきたかと思えば楽しそうに話しておったぞ」



佐 助 少 年 ・ ・ ・ ! !

疑いの眼差しをこちらに向ける元就さんに必死で弁明しながら、
あの野郎今度店に来たら覚えとけ…と私は固く拳を握り締めた。
その後、あちらこちらに顔を出すたびにいつきのことを言われるので、
もう当分可愛い子には近づかないでおこうと思った。私はロリコンじゃない。





09/07/31