どうにもこうにも落ち着け、まずは落ち着け、現状把握だ。
混乱のあまり止まっていた呼吸を再開する。はい、吸って、吐いて。
妙に大袈裟な仕草でやっていたそれに興味を持ったのか、
目の前でちょこりと座っていた子どもも私の真似をして、大きく深呼吸をした。

可愛い。まじ可愛い。くそ可愛い。

思わずむぎゅうと力いっぱい抱きしめたくなったけど、拳をぎゅうっと握って耐えた。
ああ、なんでこんなことになったんだろう。





番外編 いらっしゃい小さきひと





居間の畳の上にちょこりと座っている子どもは、澄ました顔で私の変な顔を見つめている。
あー、そんなに見ても何も出ないよ。ああクソまじ可愛いなって思うだけだよ。
はあ、とひとつ息を吐いて、私は口を開く。



「はい、君のお名前は」
「しょうじゅまる」
「……うん、そうだね。そうですよね」
「おまえは?」
「はい、そういう時は『そなたは?』って聞こうね」
「そなたは?」
「はい、いいこ。おれは。よろしくね」



なんだか力の抜けた笑みになったしまったけど、
目の前に座っている子どもイコール松寿丸は控えめににこりと微笑んだ。
あー、可愛い。可愛い!なのに何故ああも捻くれて育った松寿丸、いや元就さんよ。
こうも違うと、なんだかこの子を松寿丸と呼ぶのに抵抗を感じる。
しょうじゅまる…しょうくん、いや、しょうちゃんか。



「しょうちゃん、どうしてここにいるの?」
「たべた」
「何をかな。お兄さんに言ってごらん」
「それ」



小さな小さな指で指差されたのは、ちゃぶ台の上に乗っかったお菓子。
「おもしろいから食ってみろ」と先日さんから送られてきたお菓子。
なんだか嫌な予感がして、とりあえず現実逃避してちゃぶ台の上に置いておいたお菓子。
生温い笑みを浮かべてそれを見つめた後、私はお菓子をそっとゴミ箱へと捨てた。
今度里帰りしたら殴る。まじで殴る。

いやまさか、まさかこんなことになるとは。
珍しく元就さんが我が家へとやってきて、お茶出さないと不機嫌になる元就さんのために
わざわざ美味しいお茶を淹れて、台所から居間へと戻ってきたらこれですか。ああこれですか。
元就さんが居たと思われる座布団の上には、5歳くらいと思われる男の子。
名前は聞いてみたところ松寿丸ということで、こらもう元就さん決定だ。

一部始終を見ていたであろう、天井裏にいると思われる忍びさんへ熱い視線を送ってみる。
が、天井の木目から忍びさんがにょろっと姿を現すことはなかった。
これはあれか、めんどいことは私に押し付けようってあれか。
まあ、さんも、私を危険な目に遭わせるつもりでこんなの送ってきたんじゃないだろうし、
すぐに効果は切れるんだろうけど。でもいつまで若返ってるんだろう。一刻くらいならいいな。
ふう、ともう一回ため息をつく。きょとんとこちらを見るしょうちゃん。可愛いな。



「なんだ、
「なんでもない。何かお菓子でも食べようか」



とりあえず深く考えるのもめんどくさくなったので、現実逃避することにした。
うちの店、駄菓子も置いてるから選びたい放題だよと、小さい手を繋いで店のほうへと向かう。
てけてけと小股で歩くしょうちゃんは、本当に可愛い。
なんというんだろう、元就さんは綺麗で格好いいって感じだけど、この子は本当に可愛い。
将来的には涼しげな眼差しになる一重の瞳も、今はくるっと黒目の面積が多く、キラキラしている。
シャープな輪郭になる頬も、白くふっくらとしていてまるでお餅のようだ。
つ、つつきたい…という欲望を堪えていると、私の手が震えているのに気付いたのだろうか。
しょうちゃんがこちらを見上げる。なんだその上目遣い。可愛いんだよバカヤロウ。



「て」
「うん、ちょっと戦ってた」
「たたかっていたのか?」
「うん、己の欲望と」
「けがしたら、いえ」
「なんでしょうちゃんはそんなに優しいんだろうね」



元就さんはあんなに怖いのに。冷たいのに。ぐしゃぐしゃとしょうちゃんの小さい頭を撫でると、
やわらかくて細い髪の毛が、ふわふわと風に踊った。あーもう可愛い。



、やめぬか」
「ああごめん。つい」



駄目だ、力任せに撫でられることの痛さは私が一番知ってるはずなのについつい。
ああでも今ちょっとさんの気持ち分かった。子どもの頭って撫でるの楽しい。



「はい、このへんにあるお菓子、どれでも好きなの選びなさい」
「まことか」



きらきらと目を輝かせて、しょうちゃんは駄菓子を見つめている。
うん、まあ、ちゃぶ台にあったお菓子食べちゃうくらいだから、
きっとおなか空いてたんだよね。ごめんね元就さん。



「これは?」
「それはポン煎餅。まんまるで、美味しいよ」
「にちりんのようだ」
「どっちかというと満月だけどね」
「にちりんだ」
「そうだね、日輪だね」

「これは?」
「それはべっこう飴。懐かしい味がするよね」
「にちりんのようだ」
「…そうだね、丸いしね」
「にちりんだ」
「…うん、日輪だね」

「これは?」
「…カルメ焼きかな。しょうちゃん、丸いもの好きだね」
「にちりんはまるい」
「…うん、その通りだね」



ああ元就さん、あなたはこんなに小さなときから日輪大好きっこだったのですね。
丸いお菓子ばかり選んで、薄く頬を緩めながら美味しそうに食べている姿を見ては、
若干この子の将来が心配になった。いやまあ、元就さんなんだけど、将来は。





その後やっぱり一刻ほどで姿が戻った元就さんの記憶はきれいサッパリ消えていたので、
これ幸いと元就さんがちっちゃくなっちゃってた事実はモミ消した。
だって、なんでわざわざ怒られなきゃいけないんだ。
天井裏にいた忍びさんも、多分言わないでいてくれるだろう。
そもそも勝手に人の家のお菓子を食べた元就さんが悪いんだ。そうだそうだ。

心の中で必死に自己防衛をしながら、「茶が温い」としかめっ面をした元就さんを見て
私は心の中で涙した。ああ、子どもの成長って残酷だ。





09/07/22