ざあざあ、ざあざあと、雨が地面を叩く音がする。
頭痛に良く効く漢方を知ってからは、雨自体はそんなに嫌いじゃないんだけどもだね。
今年の梅雨は長くてね。景気良くグビグビ漢方を飲んでたらアラ不思議。在庫が無くなっちゃったよ。
しかもついついうっかり仕入れるのを忘れてしまっていてだね。
今現在、居間に敷いた布団を畳むことすらできずに、こめかみの鈍痛と戦っております。
番外編 紫陽花に太陽を添えて
布団の上から動けずに、ただただ時が過ぎてしまう。
もう昼過ぎだろうか。月日は百台の過客にてうんたらかんたら。
あー痛い。地味に痛い。久しぶりだから余計に痛い。
ぬううと唸っていると、カランカラン、と店の扉につけている鐘が鳴った。
ちょ、誰だこんな時に。
「すみません、店主体調不良につき本日臨時休業ですまいどありー…」
「…ならば鍵ぐらい閉めておかぬか」
あ、うっかり昨日の晩閉め忘れた。無用心いかん、気をつけよう。
なんて寝転がったまま思っていると、視界に映る天井を遮るように元就さんが立っていた。
頭痛のせいで頭があまりよく回っていないまま、へろへろと言葉を紡ぐ。
「あれ、元就さん…すみません今日はお城に行ってませんよ」
「見れば分かる」
呆れたように見下される。いや、私寝てるからしょうがないんですがね、体勢上ね。
しかし微妙に悔しいので、もぞりと布団から起き上がろうとする。
が、途端にずきんと強烈な痛みが襲い、へろへろと布団に逆戻り。
「…あー…、すみません。お茶でも出したいんですが、ちょっと無理です」
「…馬鹿は風邪を引かぬというが、あれは嘘だな」
「いや、風邪じゃないんです。偏頭痛です」
っといけない、この言い方だと自分が馬鹿だと言っているようなものだ。
しかし訂正する気力もなく、うぐぐと唸る。あー痛い。痛いよ痛いよちくしょう。
「偏頭痛?」
「…ッ、くぅ」
「…痛いのならば、別に無理に話さなくとも良い」
「…いや、大丈夫です。昔から雨の日は何故か偏頭痛がひどくて。体質ですかね。
いつもは漢方飲んでなんとかしてるんですが、生憎なくなっちゃいまして…」
「そうか」
話していると、またもや頭痛が襲う。うぐぅと情けない声を上げて、耐える。
パン、と手を叩く音がした。元就さんが叩いたらしいその音さえ頭に響く。
ちょ、なんですか軽い嫌がらせですか。
「忍び、いるか」
天井裏に向けて元就さんが問う。あ、あれは合図だったのか。
そうだよね、いくら元就さんでも弱ってる人に向けて嫌がらせはしないって信じてる。
返事をするように、天井が小さくコトンと鳴った。
「出せ」
なんとも簡潔な元就さんの一言に答えるように、天井の隙間からポトリと何かが落ちてくる。
白い紙に包まれたそれを拾い、元就さんはどこかへ消える。
目線で追いかける気力もなく天井を見上げていると、また元就さんが頭上に立っていた。
「飲め」
「はぁ。何を」
「薬に決まってるであろう、この愚か者」
ぐりぐりと湯飲みの底を顔面に押し当てられた。熱い。地味に熱い。
とりあえず湯飲みの中身を零さないようにそろりと受け取って、頑張って上半身を起こす。
なんで元就さんが我が家の台所の場所を知っているのかは深く考えない。
お湯はきっと忍びさんがコッソリ天井裏から下りてきて沸かしてくれたんだ、きっとそうだ。
まさか元就さんがお湯を沸かすなんて、そんな。ありえない。
湯飲みの中身は想像通り恐ろしい色をしていて、漢方独特の臭いがした。
…この薬も不味そうだ。飲みたくない。飲みたくないよ。
しかし元就さんの物言わぬ視線が怖いので、鼻をつまんで一気に飲んだ。
…まずッ!想像通りまずい。おえ。辛いし苦いし最悪!
えほえほ、と軽く咽ていると、頭から布団をかぶせられた。視界が白く染まる。
「寝ろ」
「はぁ。そうします」
「一刻したら薬も効くだろう。起こしてやる」
「はぁ。どうも」
頭も痛いし元就さんに逆らう気も無いので大人しく横になる。
最初はずきずきと痛むこめかみに眠れそうになかったが、気が付いたらすうすうと寝息を立てていた。
忍びさんの持つ薬には睡眠薬でも入ってるんじゃなかろうか。
カランカラン、と店の扉につけている鐘が鳴る音で目が覚める。
ぼうっと目を開けると、布団の脇で本を読んでいる元就さんが見えた。
「目を覚ましたか」
「今、誰か来ました…?」
「知らぬ」
「…おれ、出てきます」
「頭痛はどうした」
「薬が効いたんですかね。今のとこ大丈夫です」
もぞりと起き上がり、着崩れた着物をちょいちょいと整えて扉へと向かう。
はいはい、どちらさまですか。本日は臨時休業ですよーと呟いていると、
なんというか、予想外の人物がいた。
「よォ、!遊びに来たぜ」
「…え。姫ちゃん?」
「ちょいとこっちにヤボ用があってな。あがるぜー」
「あ、いや、その、今ちょっと…」
止める間もなくずかずかと元親さんは店の奥へと進んでいく。
ああ、そっちには元就さんが。
「って、おうッ!?な、なんで毛利がいるんだ?!」
「…なんとも五月蝿い蟲よ。我がいては悪いか」
「いや、別に悪かねぇけどよぉ。お前ら、知り合いだったのか」
「姫ちゃん、元就さんはうちの店のお得意さんなんですよ」
まあ、とりあえず上がってください。と言うと、元親さんは吃驚しながらも居間の畳の上に座る。
しまった。客人が二人もいるというのに、布団を敷いたままだ。
…まあいいか、さっきまで寝ていたんだし。
「なんだ、具合でも悪かったのか?」
「いやーちょっとね、偏頭痛が。薬飲んで寝てたんでもう大丈夫そうですが」
「貴様のような五月蝿い蟲がいては、また再発するやもしれぬな」
「んだとォ?」
「ちょ、二人ともこんなとこで喧嘩しないでくださいよ。店がつぶれますから!」
微妙に体が光りだした二人をどうどうと宥める。
ちくしょう戦国武将ってなんで必殺技なんか持ってるんだ。
と、あるものが目に留まる。ぎょっとして思わず叫ぶ。
「あ、あ、あー!!も、元就さん、それは」
「なんだ」
「お、おれが大事に戸棚の奥に隠しておいた、とっておきのお菓子!」
「ああ、これか」
「え、うそ。全部食べちゃったんですか?」
「どこぞの間抜けがぐうぐうと寝こけていたからな」
「寝ろって言ったのは元就さんですよ!」
「知らぬ」
「ヒィ!明日のおやつにしようと思ってたのに」
「知らぬ」
「ひどい!」
うわぁ、とショックを隠しきれずに情けない悲鳴をあげる。
ああ、煎餅屋の主人がくれた、とっておきのかき餅だったのに。
と、そんな私と元就さんの様子を呆気に取られたように見ていた元親さんが口を開く。
「お前ら、仲良いな」
「ふざけた事をぬかすな。斬るぞ」
「あああ元就さんどっからその武器出したんですか。しまってしまって!」
「いや、ほんと、悪かったな毛利。この前友達いねぇだろとか言っちまってよ」
「散れ」
「ちょ、だめ!ああ布団が焦げる!姫ちゃんも煽らないで!めっ!」
「、なんか言動がおかしくねぇか…?」
「いつものことだ」
相変わらず景気良く降っている雨の音を聞きながら、私はせっかく頭痛が消えたにも関わらず
一国の城主が二人も自分の家にいるというこの異様な状況に頭を抱えるのであった。
09/06/09
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