ひらり、ひらり。
視界のあちらこちらに桜色が踊る季節がやってきた。
ぽかぽかとした陽気に、くわぁと欠伸をひとつ。
睡眠時間は足りているけど、こうも気持ち良い陽気だとどうも眠くなる。

のんびりと、通いなれた城までの坂道を登る。
背負った風呂敷がずり落ちてきそうになったので、おっとっとと慌てて背負いなおす。
こんなところで中身ぶちまけたら、せっかくの苦労が水の泡だ。それだけはご勘弁。
懐に入れた瓶がチャプチャプと鳴る。この音だけで私は頑張れる。
そう、一仕事終えた後のお酒は格別なのだ。へへ。





番外編 余すところなく降り注ぐ





春の陽気につられてか、いつもはピシリと締まった城の空気も、今日はぽわぽわと陽気な気がする。
うんうん。やっぱ春はいいよね。分かるよその気持ち。
まいどどうもーと笑顔で門番さんに挨拶をしたら、こちらもにこやかな笑顔が返ってきた。
うんうん。いいね。春だねー。城の敷地内に植えられている桜も満開で、まさに花見日和。

だというのに、ここのところ元就さんは城に篭っている。どうやら執務が忙しいようだ。
この素晴らしい季節だというのに引き篭もりである。なんとまあ勿体無い。
こういう時こそ日光浴をするべきですよ、というか花見しましょうよ、酒飲みたいと言ってみても、
機嫌の悪い元就さんに「五月蝿い黙れ」と部屋から放り出されたのは、つい先日のこと。

そして今日。元就さんの執務が一段落ついたであろう頃を見計らい、
強制花見という名の酒盛りをしようとやってきた訳だ。
懐に酒の準備はバッチリであります、隊長。



、入ります」
「入れ」



失礼します、と声をかけつつ部屋へと入る。
数日前の荒れ果てた状態からは想像できない、いつもの綺麗な元就さんの執務室へと戻っていた。
そろそろ執務が片付いてる頃だろうなとは思っていたけど、当たってよかった。
最悪、今日も追い出されるかと思っていたからな。よかったよかった。



「やりましたね元就さん、片付いてるじゃないですか」
「当然だ。我を誰だと思っている」



毛利元就様です。
ふん、と鼻で笑った元就さんに、へへへと笑いながら懐から瓶を取り出す。



「お酒持ってきちゃいました。今日こそはお花見しましょうよ」
「…花見と言うが、お前は単に酒を呑みたいだけであろう」
「はは。そうとも言います」



へらりと笑うと、元就さんも呆れたように少し笑って立ち上がる。



「ならば客間で構わぬだろう。行くぞ」
「えっ、外でしないんですか。良い天気ですよ」
「昼間から城主が外で花見などできると思うか、愚か者」
「…あ、そうか。皆仕事中でしたね」
「そういうことだ」



すたすたと前を歩く元就さんに続き、客間へと入る。
背負っていた風呂敷をどさりと畳の上に置いた。ふぅ、疲れた。
腕をぐりぐりと回して筋肉をほぐしていると、さっさと腰を下ろした元就さんが怪訝そうな顔をする。



、なんだそれは」
「これですか」



ちょい、と風呂敷を指差すと「それ以外に何がある…」と返される。
いやまあ、そうですけど。



「これはですね、元就さんがまだ執務まみれの事態を想像して持って来ました」
「我が?」
「ええ、桜も見れずに執務に追われる可哀想な元就さんのために」



ぎちり、と固く結ばれた結び目をほどいて、風呂敷を広げる。
ゆるりと吹いた風に誘われて、ひらひらと風呂敷の中身が舞った。



「じゃーん。朝から頑張って拾ってきちゃいました」



広げられた風呂敷の上には、こんもりと山になった桜の花びら。
勿論、採れたてほやほやなのでとても綺麗だ。踏まれる前に拾ったんだから。
汚れないように地面に落ちる前にキャッチするのは至難の業で、ここまで集めるのは中々の重労働だった。

しかし、先程からふわりと風が吹く度にひらひら舞う花びらは、苦労した甲斐もあってとても綺麗だ。
この綺麗な花びらを元就さんに見てもらいたかった。たとえ朝から重労働してもだ。
風流でしょうと笑いながら、やや唖然としている元就さんの手に杯を押し付けて酒を注ぐ。
「ま、必要ありませんでしたけどね」と呟いて、無理矢理乾杯する。
ああ、おいしい。働いた後の酒は絶品であるぞ。

ぺろり、と唇となめていると、元就さんがぼつりと呟いた。



「まあ、悪くは無い」



そう言った元就さんの顔は、いつもよりも少し緩んでいて。
うんうん、春だなあ。空になった杯にお酒を注いで、もう一度乾杯をした。











太陽の光が燦燦と注がれる客間に、時折ふわりふわりと花びらが舞う。
持参した酒瓶の中身が半分くらいになった頃、おもむろに元就さんが立ち上がった。
すたすたすた、と山盛りの花びらの方へと歩いていく。なんだなんだ、どうした元就さん。
首を傾げて見守っていると、元就さんは花びらの載った風呂敷をずりずりと窓辺の方まで引っ張っていった。



「しかし、やるなら派手にやれ」
「…え、あの、何を」
「散れ」



そう元就さんが告げると同時に、窓が勢い良く開け放たれた。ぶわっと風が通り抜ける。
それに合わせて、ザッ!だかゴッ!だか音がして盛大に花びらが舞った。途端に桜色に染まる視界。
こ、これぞ花吹雪!!唖然とする私の頬に、ぺちぺちと風に煽られた花びらが当たる。地味に痛い。
ものの数秒で、風呂敷の上にあれほど山盛りあった花びらは消えてしまった。
わ、私の努力がものの数秒で。美しいものは儚いとはいえ、なんという儚さ。すこし涙が出そう。

杯を手に呆然と固まる私を他所に、どこかご満悦な表情の元就さん。
元就さんは、意外と派手好きだった。なんという誤算。



「…で、この花びらの片付けは、誰が」
「お前以外の誰がいる。持ち込んだ以上最後まで責任をとれ」
「ですよね」



杯の中に迷い込んだ桜の花びらを、酒と涙と一緒にぐびりと飲み込んだ。
桜の花びらというものは、甘いようでいて案外塩辛い。





09/04/30