どん。
大げさな音を鳴らして、私は持っていた物を畳の上へと置いた。
元就さんが怪訝そうにこちらを見つめる。その視線に、私は不敵な笑みで返す。
ははは、とうとうこの日がやってきた。
この商品を元就さんに試す日が。さあ、私を崇め奉りたまえ。
畳の上では、何の変哲も無い擂り鉢と擂り粉木が、鈍い輝きを放っていた。
番外編 自惚れることのどこが悪い?
「…また妙なものを持ち出して、何のつもりだ」
「嫌だなあ元就さん。これは新商品ですよ。新商品!」
人差し指をびしっと立てて力説する。
冷たい元就さんの視線はスルー。気にしないったら気にしない。
作戦に、気付かれてはならない。
そう、ことは慎重に運ぶべきなのである。私の目的が元就さんにばれたらタダではすまないであろう。ぶるり。
城の執務室の畳の上に似合わぬ風体で、でーんと鎮座しているのは「ごますり棒」という商品である。
なんと、これを使うと色んな人が自分を褒めてくれるらしい。
そこで、元就さんにけなされたことは山ほどあれども、悲しいことに褒められた記憶がない私は
これを使って元就さんに褒めてもらおう!…という卑しい魂胆を抱えて今ここにいるのである。
我ながらこんなことしてまで褒めてもらいたい自分が悲しい。
「で、どのように使う?」
「それはですね、このように使います」
さあ、作戦開始だ。
畳の上に置いてあった擂り粉木を手に取り、ごりごりごりごりと何も入ってない擂り鉢を擂る。
この光景だけ見ると、かなり間抜けだ。ちょっと情けない。
最初はものすごく胡散臭そうに私を見つめていた元就さんだけど、その唇が何かを言おうと開く。
さあ、さあ、褒めてくれ。
「またいつもの馬鹿な行動か」
…ん?
今のは何だったんだ。えっと、私の耳がおかしくなったのか。
どう考えても、褒め言葉じゃない、ような。あれ?
イマイチ褒められた気がしない。というかまったくしない。ごりごりごりと動かす手を更に加速する。
「ほど卑しい奴はそうおらぬだろう」
ごりごりごり
「よくもまあ調子良く口が回るものだ」
ごりごりごりごり
「商売しか取り柄がない奴も珍しい」
ごりごりごりごりごり
「お前はいつも暢気で幸せそうな頭だな」
…もういいや。擂り粉木を動かす手を止める。
そしてそのまま擂り鉢をひっくり返した。ちゃぶ台返しならぬ擂り鉢返し。やってられっか。
ごろごろと擂り鉢が畳の上を転がった。ついでに擂り粉木も。バン、と力任せに畳を叩く。
「なんなんですか!なんですか元就さん、褒めてんですかそれ!けなしてるでしょう!」
「…なんだ、何を怒り喚いている?」
「もっとさあ、『お前はやれば出来る男だな!』とか『いかした腹筋だな!』とかないんですか!」
「…よ、寝言は寝てから言え」
すごく嫌そうな顔で元就さんが呟く。私は力無くガクリと肩を落とした。
…いいよ、いーですよ。元就さんに褒めてもらおうとした私が馬鹿でしたちくしょう。
溢れる悔しさから畳に拳を叩きつけていると、元就さんが転がった擂り粉木を拾い上げる。
「ところで、なんだったんだこれは。勝手に口が動いたが」
「それはですねえ、それで擂り鉢をごりごり擂ると他人から褒めてもらえるんですよ」
「…そのようなことをして何の意味がある」
「あー…。ほら、おれみたいに人から褒められると調子に乗って頑張っちゃう人向き」
しげしげと擂り粉木を眺めている元就さんに、投げやりに告げる。
もういーよ。元就さんの辞書に人を褒めると言う単語はないんだよきっと。
へっ、と息を吐き捨てると、元就さんがおもむろに擂り鉢を手にする。
え、と思ったその時には、普通に元就さんがごりごりごりと手を動かしていた。
「って、何をそんな自然にやってるんですか」
「さあ、お前の乏しい語彙で我を崇め称えるがいい」
「っがあ!語彙が少ないのは自覚してますから!」
ごりごりごり、と元就さんの手が動く。
…喉がむずむずしてきた。勝手に言葉が口から零れだす。
気付けば私は天井に向かって、高らかに叫んでいた。
「あ、あんた、ほんまに別嬪さんや!」
シーン、と。静寂が辺りを包む。
…えっと。今のは私の意志じゃなくてですね、うん。
「…これは、不良品ではないのか」
ものすごく微妙な顔をして、元就さんが呟く。
…うん、その気持ち、よく分かります。
なんとなく気まずい空気が流れて、私は擂り鉢と擂り粉木をそっと風呂敷に包んだ。
さんに「不良品でしたよ」ってクレームを入れないと。
その後、無事にちゃんとしたごますり棒を手に入れた私は、早速元就さんに使おうと城に向かった。
が、元就さんの目の前で擂ろうとした瞬間に風の如きスピードで奪い取られ、
散々元就さんを崇め奉るはめになった。ああ、なんてこった。
「元就さんの名前の入った饅頭を作りましたー!」
「許可無く勝手なことをするな」
「元就さんの似顔絵、一枚十両で売りましたー!」
「金を寄越せ」
「おれと砂浜を駆けてください!」
「勝手に駆けていろ」
「元就さん、カッコイげほごほ、がほ!」
「この辺で勘弁してやろう」
「鬼!」
09/03/11
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