ばたばたばた、と廊下を走る。元就さんの城でやったら絶対怒られるであろう行動だ。
しかし、今の私にそんなことに構っている余裕はない。
私は、探していた人を見つけて開口一番こう言った。
「姫ちゃん!おれと一緒に自転車作りませんか?!」
姫ちゃんが、「はァ?」と怪訝そうに返事した。
もっといいリアクションしようよ、そんなんだとテイク2するよ。
番外編 さあふたりで白い海に堕ちてしまえ
自転車を作ろう、と思い立って数週間。私はその計画を実行すべく、ここ四国へと来た。
四国の人は、なんでか分からないけど機械オタクだ。そりゃあものすごく。
その筆頭が、今私の目の前にいる姫ちゃんこと元親さんな訳で。
彼の国が所有している木騎、滅騎などは、元親さんの依頼を受けてうちの店と共同制作したものだ。
ここの最新技術を結集させた、まさに職人さん泣かせ、努力の結晶!
開発する段階で、元親さんとは構造などについて熱く語ったものだ。懐かしい。
うちの店には大金が転がるし、あれは商売としても美味しい話だった…まあそれは置いといて。
ここなら機械を作る最新設備も整ってるし、色々材料もあるし。
自転車なんて構造は簡単なんだから、きっとできるはず…と、はるばる海を越えてやってきた訳だ。
「あー、つかよォ、そもそもお前、いきなり何しに来たんだ?」
「だーかーらぁ、自転車作りましょうよ。これ、これこれ」
そう言って、わざわざ家で書いてきた設計図をべろんと広げる。
「…なんだこりゃ」
「自転車っていう乗り物です」
「、お前絵ェ下手だな」
すぱんっと元親さんのデコを叩く。痛ッ!ってそりゃあんた自業自得だ。
だいたい墨と筆で細かいところまで絵が書けるか。字はさすがに書けるようになったけど。
絵じゃ中々理解してくれない元親さんに、口で説明する。
車輪が二つあって、鎖で連結して、からくりで動いてどうのこうの。
必死に説明する私に、元親さんがもっともな一言を零す。
「馬があったらこんなん必要ねェだろ」
「馬に乗れないから言ってんですよ」
嘘だろ?とこちらを見る元親さんを、嘘を言う目に見えますか、と睨む。
こちらの人は馬に乗れない人を見ると過剰反応しすぎだ。くっそ。
そりゃあ自分達は小さい頃から慣れ親しんでるんだろうけどさ。私は無理だ。一度芽生えた恐怖心は消えないのだ。
「…いいから、作りますよ!とっとと材料と腕とほんのちょっとの知恵を貸しなさい!」
「っちょ、、何いきなりキレてんだ?!」
私はできる、やればできる子!
元親さんの腕をむんずと掴み、引き摺る。おお、筋トレの成果がこんなところに。
無理やり元親さんを城に併設している製作所に連れ込み、さぁ作ろうではないかと背中を押す。
私は見てるだけだ。知識はあるが腕は無い。口出し要員だ。うざいだけ?気のせい気のせい。
元親さんはブツブツ言いつつも、未知なる機械…自転車に興味が湧いたようで。
使えそうな部品をあれこれと持ってきてくれた。
「おおっ、なかなかいい部品お持ちじゃないですか姫ちゃん」
「お前、その姫ちゃんっての、いい加減やめろ…」
だって小さい時は、呼ばれて嬉しがってたじゃないですか。
とは言わずに、誤魔化すようにはははと笑う。
全国を行商中、ここ四国に来た時に初めて元親さんとは会ったんだけど、そりゃもう可愛い子で。
みんなに姫和子って呼ばれてて、てっきり私も女の子だと思ってしまって。
そりゃあ、女の子なのに機械に興味持つなんて、珍しいなあとは思っていたけど。
「姫ちゃん」って呼ぶと、嬉しそうにはにかんだその笑顔は、まさに天使だったのに。
ああ、どうしてこんな海賊兄貴になってしまったんでしょう。お姉さんは悲しい。
成長期を過ぎて、久しぶりに会った時のあの衝撃。皆にアニキ!と慕われる、その男っぷりの良さ。
吃驚して目玉飛び出るかと思った。あまりの衝撃に「姫ちゃん…?」と呟いたら、
「おお、か?久しぶりだなあ!」と男前に笑った元親さんは、もう姫ではなかった。
しかし、私はしつこく姫ちゃんと呼び続ける。だってこのあだ名可愛いと思いませんか。
とかなんとか考えているうちに、元親さんは着々と自転車もどきを作り続けている。
「あっ、なんかいい感じ。それっぽいですよ。さすが兄貴!その調子!」
「おおっ、任せろぃ!」
嬉しそうに笑う元親さん。いいな、この人扱いやすくて。好きだ。
とまぁこんな感じで、私は特に何もせず、たまに口を挟むだけで時は過ぎ。
カチャンと元親さんが工具を置く。こんなもんだろ?と自信満々に言うその視線の先には、
立派な自転車もどき…いいや、自転車があった。
「わぁ、やっぱやればできるもんですね!」
「…お前、なんか失礼じゃねぇか?」
「いやいやいや、これも元親様のお力があってこそ!いよっこの男前!」
いやぁそれほどでもねぇぜ!と嬉しそうに笑ってる元親さんの横を通り過ぎて、
完成した自転車をパンパンと叩く。おお、頑丈だ。これぞまさに自転車。
ちょっと乗ってみてもいいですか?と断りを入れて、跨る。
うーん。やっぱサドルはクッション材が無いからちょっと痛いかも。
ずっと乗ってたら痔になりそうだ。家の座布団でも敷くか。
そのまま、ぐっとペダルを漕ぐ。自転車は、すーっと前に進んだ。おお、できてる。
「うわー、すごい、すごいよ姫ちゃん。よくあんな訳分からない設計図で作ったね」
わぁわぁと歓喜の声を上げる。そう、私が書いた設計図、実はかなり適当だった。
だってそんな「自転車の絵を何も見ないで書いてください」って言われて書ける人、そうそういないと思う。
やっぱお前もあの絵は下手だって自覚あるんじゃねぇか!という元親さんのつっこみは無視。
何年もブランクがあるから、乗れるかなーと実はドキドキだったんだけど。
やっぱ体は覚えてるのか。いや、この場合体は別人だから精神か。精神ってすごい。
あまり楽しそうに私が乗るものだから、元親さんもちょっとうずうずしてきたようで。
、俺にもちょっと乗らせてくれよ!と言われたので、勿論ですと元親さんに渡す。
作ったのは元親さんなので、構造はたぶん理解してるだろうけど、一応簡単な説明をする。
この操縦桿を握ると、止まります。これを踏むと、前に進みます。
ふんふんと元親さんは頷いて、思いっきりペダルを踏んだ。こけた。
「…おいっ!これ難しくねぇか?!」
「そうですね。修行が必要かもしれませんね」
まぁ、自転車って、難しいよね。私も小さい頃はよくこけたもんさ。
馬に比べたら簡単だと思うんですけどねと呟きながら、自転車に苦戦する元親さんを見守る。
…駄目だ、後ろ持ってくれ!と元親さんから助けを求められたので、
やっぱり最初に補助はいるよなあと苦笑しつつ、自転車の後ろを持つ。
いきますよー、と声をかけて、ぐいぐい押す。元親さんは歓声を上げた。
「おお!進むぜ!」
「おれが押してますからね」
「こりゃ結構気持ちいいな!馬と船には負けるけどよぉ!」
「そうですね。乗れるようになったら気持ちいいですよ」
そう言いながら、手を離す。あ、こけた。
「手ぇ離すなら離すって言えよ!」
「あぁすみません、忘れてました」
しれっと言い放つ。この会話も自転車の練習中ではおなじみの会話ですね。
持っててね!ちゃんと持っててね!と言ったのに、にっこり笑って離されていたときの、あの絶望感。
できることならもう二度と味わいたくは無い。しかし他人は別。あの苦しみを分かち合おうではないか。
「お前、次は絶ッ対手ぇ離すなよ?!」
「はいはい」
離しますけど。そう思いながらまたぐいっと押す。
だだだだだだ、と思いっきり走ると、元親さんがまた嬉しそうに歓声を上げた。
そう喜んでもらえると調子乗っちゃうよー、とさらにスピードを上げた、その時。
「?!…ッおい、止ま」
「へ?」
浮遊感。のち、落下。
ばっしゃーん、と激しい水しぶきを上げて、私と元親さんは海に落下した。
「自転車に乗るときは、前をちゃんと見ないと危ないですよ」
「お前のせいだろうが!!」
その後、なんとか私と元親さんは陸に上がり、自転車も無事救出した。
でも、たぶん海水だから錆びるだろうな。ああ、もったいない。
とりあえず海水まみれの自転車は元親さんに献上して、私の分は元親さんをヨイショしてもう一台作ってもらった。
お礼は勿論する。滅騎のメンテナンス1回無料だ。これはかなりいいお礼だったようで、
元親さんは「これで部下に怒られなくてすむぜ…!」と喜んでいた。そうだね、あれ高いもんね。
何はともあれ、これで気軽に遠出ができる。ほくほくした気分で、私は四国を後にしたのだった。
09/02/22
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