、今日は泊まっていくんだろう?なあ?」



そう言って、キラキラとした片目でこちらを見上げてくる坊ちゃんに、罪は、ない。
でも、これから訪れるであろう長い長ーい夜に、私はそっとため息をついた。
今日も寝かせてくれないつもりなのかなあ、この可愛いお子様は。





番外編 ぬくもりを纏え、闇





今日は、伊達家のお城でいつもの取引です。
「ここの城主はな、押しに弱いから。お前一人でも大丈夫だろう!」と言うさんの言葉を信じ、
代替わりしてすぐに一人で来たこともあって、この城にももう随分と慣れたものだ。
今日も城主様とあーだこーだと論争して、結局こちらの言い値で買って頂けて、私としてはとても満足。
懐もホクホク暖まったし、さあ、今日はこれで御暇しよう。と立ち上がりかけたとき、
きゅっと袖をつかまれる感触がした。あ、嫌な予感がする。
ひっぱられている方を恐る恐る見ると、想像通り。伊達の坊ちゃんが、いた。




そして話は冒頭に戻る。




坊ちゃんもそろそろ成長期に入ったとはいえ、まだまだ身長で負ける気配は無い。
自分の胸より下にある頭は、相変わらず撫で回したくなるくらい可愛い。可愛いんだけど。
まるで親戚の兄ちゃんを慕うようなその目線に、私も城主様も苦笑する。



「ああ、はいはい、坊ちゃんがお望みならそうしますよ、そうさせて頂きますよ」
「不満そうに言うな、失礼だな。それに坊ちゃんって呼ぶな!梵天丸だ!」
「梵天丸様より坊ちゃんの方が呼びやすいんですよ。
 ぼんてんまるさま、ぼっちゃん、ほら三文字も違う」



坊ちゃんに袖を掴まれてから中途半端な体勢でいたので、腰がちょっと痛い。
軽く腰をひねりながらきちんと立って、城主様に軽く礼をする。アイコンタクト付き。
城主様は軽く片手を上げて答えてくれた。オプション苦笑つき。
こうなったら、私がここに泊まるのは決定のようなものだ。ああ、今日も逃れられなかった。


わぁわぁ喚きながらついてくる坊ちゃんを軽くあしらいながら、謁見の間を後にする。
片倉様という、坊ちゃんのお目付け役を探さないといけない。背が高いからすぐ見つかると思うんだけど。

廊下を歩きながらきょろきょろしていると、ちょうど前から歩いてくる片倉様が見えた。
向こうもこちらに気づいたようで、軽く片手を上げて挨拶される。私は立ち止まって礼をした。



。来ていたのか」
「はい、またお邪魔しています。で、この光景を見ていただければお察しの通り」
「今日も泊まっていくんだな。…まったく、梵天丸様、を困らせてはならないと言っているでしょう」



やや呆れたような目で坊ちゃんを見る片倉様。なんか親子に見える。
そう言えば、きっと片倉様は「このように手のかかる息子を持った覚えはありません」なんて言いそうだな。
そのくせ、坊ちゃんを見る目は親の愛情に満ちた目そのものだ。幸せ者だなあ伊達の坊ちゃん。



は困ってなんかいないぞ、なあ?」
「坊ちゃん、それ、確信犯ですか。確信犯でしょう、ねえ!」



キラキラ輝く笑顔がまぶしいんですけど。ちくしょう。城主の息子だ、逆らえない。
わなわなと震える私の頭を、慰めるようにポンポンと片倉様が叩く。ああ、いい人だ。
きっとこの人にとっては、坊ちゃんも私も、手のかかる小さい子どもと変わらないんだろう。
おかしいなー。成長期遅かったから、初対面の時はガキと思われてもしょうがないとしても、
今は結構身長伸びたんだけどなあ。そろそろ止まりそうだけど。グッバイ私の成長期。
なんで未だにガキ扱いのままなんだろう、と首を捻る。そりゃあ片倉様の身長には及びませんけどね、うん。
そんな私を見てちょっと苦笑してから、片倉様は伊達の坊ちゃんに話しかけた。



「仕方が無いですね。では、夕餉と湯浴みをされて、お休みの準備が整ってから
 には梵天丸様の部屋に行って頂きましょう。そしてお休みまでお話をする、それで如何ですか?」
「よし、それでいい。じゃあ、後でな!」



坊ちゃんがぱたぱたと走っていく。きっと習い事の最中に抜け出してきたんだろう。まったく。
あのままではずっと私にへばりついて話を強請りそうだった坊ちゃんを、
さりげなくお休み前まで引き離してくれた片倉様には、本当に感謝する。ありがとうございます。

坊ちゃんの姿が見えなくなってから、片倉様が口を開いた。



「悪いな、いつも梵天丸様の相手をさせて」
「いえ、構いませんよ。いつも城主様にはお世話になってるし」
も、断ってくれて構わないんだぞ。まだまだガキだが、大店の店主だ、それなりに忙しいのだろう?」
「まあ、それなりには。でも一晩くらいどうってことないですよ」



あと、ガキは余計です。片倉様に比べたら大抵の人は小さいです。そう言ってへらりと笑う。
そうすると、片倉様も笑った。



「じゃあ、客室の場所は分かるな?夕餉はそこに運ばせる」
「あ、いつもみたいに湯も貸していただけるんですか?」
「相変わらず湯好きだな。構わん、客室についてある湯殿は好きに使え」



そう、伊達のお城には、客室にお風呂がついている。
初めて案内されたときは、どこの旅館ですか!と叫びたくなった。
ははははは入ってもいいんですかこれ!と聞く私に、好きにしろと言ってくださったのも片倉様だ。



「じゃあ、また梵天丸様の準備ができたら呼びに行く。それまで好きにしていろ」
「はい、いつもありがとうございます。では」



そう言って礼をし、片倉様と別れる。夜までしばしの休憩だ。
お風呂入ってリフレッシュしよう。今日の夜は長い。あー、コーヒー飲みたいなぁ。











夕餉も終わり、お風呂も好きなだけ入ってほっこりしていると、部屋に片倉様が来た。
どうやら伊達の坊ちゃんのお休み準備が整ったらしい。さあ行くか。ふぁいといっぱーつ。



失礼します、と襖を開ける。そこには布団にもぐりこんで、バッチこい!な状態の坊ちゃんがいた。
布団入ってますけど、寝る気ないですよね、あなた。
ため息をつく。そんな私を見て片倉様は笑う。他人事だと思ってますね。


では梵天丸様、ほどほどになさるのですよ。と言い残して片倉様が退出し、
坊ちゃんはバンバンと布団の横を叩く。はいはい、座れってことですね。



、今日は何の話をする?」
「おれ、今日は坊ちゃんの話が聞きたいなあ」



自分の?と、坊ちゃんは目を丸くした。その返答は予想していなかったらしい。



「ええ、坊ちゃんの。なんか最近、異国語を勉強されてるらしいじゃないですか」
「よく知っているな!そうだ、父上が異国と取引をされていてな。自分も勉強することにしたんだ」
「おれの店も、たまにだけど異国と取引があるから、少しだけならしゃべれますよ」



そう言うと、坊ちゃんは本当か!と目を輝かせる。
イエス、イエス、と答えると、その目が輝きを増した。




それからは、めくりめく異国語談義だ。とは言っても、坊ちゃんの方が詳しかった。というか賢かった。
義務教育なんてね、もう何年前?って話ですからね。…ちょこっと悔しい。

日付も変わり、どれほどの時が過ぎただろうか。もうそろそろ眠さも限界に来た。
「アイキャンフラーイ」とどこかのCMで聞いたような言葉を口にして、
畳の上に倒れこんだ。もう知らない、私は寝る。眠いんだ。

坊ちゃんが「おい、!まだ話は終わってないぞ!ウェイクアップ!」と叫んでいる声が聞こえるが、
もう知らない。聞こえない。「ワタシ、ナニモ、キコエマセーン」とぼそっと呟いて本格的に眠ってしまった私は、
坊ちゃんの「!それは異国語じゃないぞ!」というつっこみを聞くことは無かった。










鳥がピチュピチュ囀る音で目が覚めた。夜更かしをした割に普通に起きれたな。まだ夜明け前みたいだ。
いつも通り起きれたのは、昨日は途中で脱落したからか。きっとそうだ、と一人で頷く。
ふと自分の隣に温もりを感じて、湯たんぽかな?と何気なく見下ろしてぎょっとした。

そのまま畳の上で寝てしまったと思っていたけど、
どうやら様子を見ていた忍びの人が客室へと運んでくれて、ご丁寧に布団に入れてくれたようだ。
本当に私はこの城の人に未だに子どもだと思われている気がしてならない。なんか布団の柄可愛いしさ…。
入った覚えの無い布団の中で目が覚め、いつの間にやら同じ布団に潜り込んでいた坊ちゃんを見て、そう思った。


というか、坊ちゃん、ここ客間なんですけど。いつ来たの。二度寝ですか。
ていうかねえ忍びさん。見てるなら止めてくださいよまじで。城主の息子が商人と寝てていいんですか。
暗闇の中、ひとり頭を抱える。

…まあいいや。私も坊ちゃんも寝てるし意識ないし、大店の店主だから身元はっきりしてるし。
いざとなればいつだって忍びさんの手で何とでもできるんだから、危険はないと判断されたことにしよう。
ようし、深く考えるのやめた、二度寝しよう。

もう一度布団の中に潜り込んで、傍らの温もりに擦り寄った。子どもってあったかいなあ。





09/02/19