「じゃっじゃーん」



城に気の抜けるような声が響く。
最近よく城に出入りするようになった商人の口から発生した音は、
静かな部屋にむなしく響き渡った。
目の前にいる人からの胡散臭そうな視線をまるごとスルーし、
彼は持っていたお盆を、その部屋にいた人の前に置いた。







番外編 おかわりは自由です。






…なんだそれは、ふざけているのか」
「ふざけてなんかいませんよ、これはうちの新商品です」
「どう見ても飯に饂飩に煎餅にしか見えないのだが」
「わぁ、さすが元就さん。当たりです」



そう、今回は新商品の試食を元就さんにやってもらうために来ました。
やっぱこういうのはね、実際に使うユーザーさんの意見が大切だからね。



「えっと、これが元気ごはん、で…これが…かうどん?違う、ちからうどん…」
「紙を見ながら読んで間違えるな」
「こういう紙を俗にカンペ、と言います。はい、せーの、カン」
「誰が言うか」



元就さんにお盆をひっくり返されそうになったので慌てて死守する。
短気なのはいけないと思います。たんきーはそーんきー。



「で、これが頑固せんべい。さぁご賞味あれ」



そう言って、ずずいと元就さんの前にお盆を寄せる。
ほかほかと湯気をあげているご飯とうどんはそれなりにおいしそうだし、
煎餅も私が焼いたにしては見た目がいいはずだ。
さあ!さあ!とキラキラした瞳で見つめる私に根気負けしたのか、
ひとつため息をついた元就さんはうどんを手に取った。



「それはですね、力うどんです。攻撃力が上がります」
「うどんは白色以外許さぬ」
「元就さんにはこれが何色に見えますか?」
「赤以外の何だ」
「赤ですね」



そう。このうどんは赤い。そりゃもう赤い。
いや、だって攻撃力あがる!って言われると、赤いもの。
赤いものって言ったら、辛いもの。



「…ということで、七味は勿論、唐辛子など海の向こうから取り寄せた貴重な香辛料を
 たんまりと使わせて頂きました。お値段は最初はお試しということでお安く、
 しかしどんどんハマっていくうちに高くなります。今回は元就さん、タダですよ。いかがでしょう」
「そう言いながら器を近づけるな!」



元就さんが、覚悟を決めたようにつるっと一本口にする。
もっと豪快にいってくれてもよかったのに。



「辛い」
「でしょうねえ」
「食えない程ではないが、却下だ。出直せ」



試食した店員さんの間では、この辛さが癖になっちゃうと中々好評だったんだけど。
口ではなんだかんだ言いながら、元就さんは全部食べた。
攻撃力が上がるという響きに負けたのだろう、なんだかんだでケチな人だ、この人は。



「じゃあ次、元気ごはんいきますか。これは体力が上がります」
「これは白飯か」
「商品化するときは、もっと気軽に食べられるようにおむすびにしようと思うんですが」



これは試作品なので、これで勘弁してください。
と、断りを入れつつ、茶碗を二つ重ねて振りまくる。
とたんに、元就さんから厳しい声が飛んだ。



!妙な真似をするな!」
「だってこれすると簡単におむすびができるんですよ」
「そのように下品な真似をするなど…けしからん」
「だって元就さんも男が握ったおむすびとか嫌でしょう」
「愚問だ」



だったら我侭言わないでください。と、かぽっと茶碗をあける。
綺麗なまんまるご飯ができていた。上出来である。



「さあ、どうぞ」
「これは普通だな」
「そうですね。上杉の塩使ったくらいですかね」



あれ、体力が異様に上がるらしいんで。
と付け足すと、元就さんは身に覚えでもあるのか頷いていた。



「これは…合格点をやっても良い」
「本当ですか」
「しかし、あの握り方だけは許せぬ。なんとかしろ」
「かしこまりまして」



残るは頑固せんべいだ。元就さんに手渡すと、胡散臭そうに見ている。
失礼な、私が焼いたにしては焦げなかったせんべいにケチをつける気か。



「これは何だ。また胡散臭いな」
「頑固せんべいです。防御力が上がります」
「ほぉ」
「基本は醤油味のせんべいだと思って頂ければいいかと」



元就さんがそれを口に運び、噛み付いた。が、噛み切れない。噛み切れていない。
あ、怒ってる。怒ってらっしゃる。



「なんだこれは」
「まあ、防御力上がるくらいですから、硬いんですよね」
「食べられなければ意味がない」
「勿論です。店の誰も食べられませんでした。
 でも、元就さんならひょっとしたらって思ったんですがね。
 やっぱ元就さんじゃ無理か。顎鍛えられてなさそうだもんなあ」



そこまで言ってハタ、と気付く。
元就さんから殺気が漏れている。しまった、この人プライド高いんだよ。



「…ほう、試食を手伝ってやった恩人に対してその態度か、よ」
「…ええと、ええと。その、悪気はなくて…だってお坊ちゃんじゃん!」
「余程痛い目を見たいようだ。この商品の効果とやら、其の身で味わうが良い」



そう言って元就さんは、どこから取り出したのか采配を手にしていた。…警報、警報を鳴らせ。
「総員退避ー!」と言って私が部屋から退散するのと、
元就さんがその細身の体からは想像もつかない力で采配を私の頭に振り下ろすのと、
どちらが早かったのかはその日天井裏にいた忍びしか知らない話である。







09/02/11