わくわくメルヘンな音楽に、楽しそうな笑い声。
景色もいいし、天気も最高だ。ついでに私の気分も最高だ。
いいねいいね、この雰囲気。日常を忘れるね、わくわくするね。
へらっと笑って、ねえ元就さんと隣に居る人を見てみれば、すごく仏頂面だった。
ああそうだ。この人はどこにいたってこんな顔だ。うん。でもさあ。
「元就さん、もっと楽しそうな顔してください」
「我は元からこのような顔だ」
「ああ、そうでし」
たね、と言う前に、凄まじい轟音と共に私の体は落下した。
きゃー、なんて可愛い悲鳴は勿論出なかった。
番外編 メリーゴーランドが廻る訳
「あはははははは、ちょ、やばい、まじで楽しい」
「理解できぬ」
ぎゅーんと上がっては落下するアトラクションを思う存分楽しんだ私は、爆笑していた。
だって久しぶりの遊園地だ。ここでテンションを上げずしてどこで上げるというのだ。
理解できない、と言いつつも気分を害した様子のない元就さんの肩をぼすぼす叩く。
若干迷惑そうな顔をして睨まれたけど、気にしない。気にしたら負けだ。
そんな元就さんの今日の服装は、黒いカットソーにジーパン。シンプルイズベスト。
とてもラフな格好だけど、綺麗な体の線が出てて中々セクシーである。羨ましい。
どうやったらそんなに美しい鎖骨になるんですか、と聞きかけてやめた。殴られそうだ。
「それにしても元就さん三半規管強いですね。元就さん誘ってよかった」
「我がこのような乗り物などに負けるか」
「ですよね」
調子良くけらけらと笑いながら、園内を歩く。そう、ここは遊園地だ。
楽しいこと大好きな私はともかく、静かなとこ好きな元就さんが何故こんなところにいるのか。
それは、昨日突然『死ぬほど絶叫系に乗りたい症候群』にかかった私が、
駄目もとで仕事終わりの元就さんに「明日遊園地行きませんか」と誘ったことが始まりだった。
断られるかと思っていたんだけど、意外や意外。元就さんはこくりと頷いた。
「偶には悪くない」なんて何食わぬ顔で言うその顔を、その時はガン見した。
おまけに信じられなくて2度見した。しつこいと怒られた。
その割にはあんまり遊園地楽しんでなさそうだけど。いいや私が楽しいから。
「あ、元就さん。次はあれですよ」
「…あれか」
「はい。あの高さ、スピード、すごくないですか」
「…そうか」
どこか疲れたように、元就さんがため息を吐く。
そんなに絶叫系アトラクション5連続が悪かったのか。いやいやそんなはずはない。
さあ行こうではないか、と元就さんの腕をぐいっと掴んで走り出した。
いざゆかん、無の境地へ!と拳を上げて叫んだら、他人のフリをされた。切ない。
わー、きゃー、という楽しそうな声を聞きながら、芝生の上にボスリと座る。
ぽかぽかしてて気持ちいい。本当にいい天気だ。
夢中になって遊び呆けていたら、お昼になってしまった。
温かい日差しと心地良い風に頬を緩めて、家から持ってきたお弁当箱を広げる。
元就さんの分もあるので、少し大きなお弁当箱だ。
「はい、ご飯ですよ」
「どこぞの海苔を思い出すな」
「あれ美味しいですよね。まあこれの中身はサンドイッチですけどね」
「が作ったのか」
「はい。坊ちゃんにレシピ教えてもらったので味は多分大丈夫」
「不安が拭えぬな」
「失礼な。はいどうぞ」
元就さんにコーヒーを手渡しながら、片手でサンドイッチにがぶりと齧り付く。
ざくざくのバケットでタマゴサラダと金平牛蒡、サニーレタスを挟んだものと、
食べやすいピタパンに鶏肉とたっぷりの野菜をゴマだれで和えて挟んだもの。
どちらもそりゃもう美味しかった。まさか自分にこんな美味しいものが作れるとは。
坊ちゃんに土下座して感謝したい。あ、土下座は謝罪か。感謝は何で表すんだろうか。
「おいしいですね。さすが坊ちゃんだ」
「伊達も偶には良いことをする」
「ほんとですよ。明日お礼言ってください、お礼」
「何故お前が偉そうなのだ」
「作ったのは私ですから。はっはっは、人間は進歩する生き物なのですよ」
「もう少し美味い味噌汁を作れるようになってから言うのだな」
「返す言葉も御座いません」
サンドイッチを残さず平らげ、腹が膨れたらなんだか眠くなってくる。
いい天気だしね。このまま寝てしまってもいいんだけどね。でもここは遊園地だ。
アトラクションに乗らずしてなんとする。拳を握り締め、すくっと立ち上がる。
「さあさあ元就さん、後半戦いきますよ」
「…貴様、もう少し落ち着けぬのか」
「私の辞書に落ち着きと言う言葉は多分載っていません。さあ行きますよ」
「分かったからその手を離せ」
ぐいぐい、と元就さんの腕を引っ張れば、深くため息をつかれた。心外だ。
「楽しかった。とても楽しかった!」
余は満足である。へらへらと緩んだ顔で、私は大変ご満悦だった。
園内の絶叫系アトラクションは全て制覇し、気に入ったものには3回乗った。
途中、ゆっくり日輪が見たいという元就さんのリクエストにお答えして、
観覧車を2周してみたりしたけども。係りの人に「もう一周」と言うのは少し恥ずかしかった。
すっかり日も暮れ、園内はキラキラと綺麗な灯りでいっぱいになっている。
隣を歩いている元就さんはその灯りに照らされて、元から綺麗だけどやっぱり綺麗だった。
男でこんなに綺麗ってアリなのか。それとも男は綺麗なものなのか。
ひょっとしたら私もあの頃は綺麗だったのか。いやいやそんな馬鹿な。元就さんだから綺麗なんだ。
「じゃあそろそろ帰りますか」
「待て」
ぱしっと腕を掴まれる。今日は私が元就さんの腕を掴んでばかりだったので、少し驚いた。
「あ、お腹すいちゃいましたか。何か食べて帰りますか」
「別に腹は空いておらぬ」
「じゃあ、どうしたんですか」
「これだけ付き合ったのだ。我の言う事の一つくらい聞け」
「観覧車乗ったじゃないですか」
「勘定に入らぬ」
どんな計算だよ。とつっこみかけたけど必死で耐える。
ここでつっこんでは猛烈な怒りを買う気がする。しょうがないな。
「散々絶叫系乗ってもらったし、付き合いますよ。なんですか」
こてり、と首を傾げた私を見て、元就さんは口に出すのも恐ろしい笑みを浮かべた。
これはあれか。サドの笑みってやつか。ぞわ、と鳥肌が立つ。
あ、やな予感がするな。と他人事のように考えた。
「、絶叫系が好きなのであろう?」
「大好きですね」
「ならばなぜ、あれに行かぬ」
「、え」
元就さんが指差したのは、お化け屋敷。
必死で視界に入れないようにしていた、お化け屋敷。
絶対入るもんかと固く心に誓っていた、お化け屋敷。
途端に顔を青くした私を見て、面白そうに元就さんが目を細める。サドだ。
「や、えっとその、も、元就さん」
「なんだ、どうした。我に構わず絶叫すれば良い」
「いやいやえーとその、ワタクシ気分が優れませんので」
「ほう。先程まではしゃぎまわっていた癖にか」
「っだー!幽霊とかお化けとかほんと無理!無理なんだって!察してくださいよ!」
「行くか」
「駄目だこの人聞いてない!」
その後、元就さんに逆らえるはずもなくずるずるとお化け屋敷に連行された私は、
ほんとにもう死ぬかと思った。恐怖で。恐ろしすぎて。
ブシューと噴出す煙に「ぎゃあ!」倒れてくる人形に「ひぃ!」と一々情けない悲鳴を上げ、
元就さんの腕を情けないやら腹が立つやらでギリギリギリギリと力の限り鷲掴みながら、
「ほんともう勘弁して勘弁して勘弁して」と、誰に言うわけでもなくブツブツと
念仏のように唱える私を見て、元就さんはそりゃあもう楽しそうに目を細めた。
駄目だこの人ほんとにサドだと泣きそうになったのは言うまでも無い。
09/07/30
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