賄いに、なんとも豪華な茶碗蒸しが出た。
上品な出汁で味付けされた茶碗蒸しは、ほっぺたが落ちるほど美味しい。

美味しい美味しいと貪り食っていると、偉そうに腕を組んだ伊達の坊ちゃんがやってきた。
こちらをじっと見つめてくるので、負けじと見つめ返してみる。
元就さんが呆れたようにため息をつくのが聞こえた。だって坊ちゃんが先に見てきたんですよ。



「どうだ。美味いか?」
「美味いですよ」
「All right」



嬉しそうに目を細めて坊ちゃんが笑う。そんな表情は、昔の小さな坊ちゃんのようで大変愛らしい。
ははん。さてはこれ坊ちゃんが作ったなと、半分以下に減った茶碗蒸しを見る。
板前見習いの坊ちゃんは、とても料理が上手だ。当たり前だけど。
薄い卵色をしたそれは、つるんと光に反射して宝石の如く輝いている。
あ、と思った。思ったら言わずにいられなかった。



「坊ちゃん、プリン食べたい」



Ha?と怪訝そうに坊ちゃんが眉間に皺を寄せた。
そんな表情は、うん、ぶっちゃけ正直可愛くない。





番外編 甘美な愛しさに涙する





プリン、プリン、プリン。茶碗蒸しと似ているようで全然違うプリン。
駄目だ、1回食べたいと思ってしまうと頭から離れない。これは呪いか、誰かの策謀なのか。
プリンが食べたいんですよ、と再度呟くと、坊ちゃんは腕を組んだまま頭を捻る。



「Ahー…、pudding、作ったことねェ」
「えっ」
「普通、男は菓子など作らぬぞ」
「そんな。元就さんは分かるけど、坊ちゃんでもか」
「坊ちゃんじゃねェっつってんだろ」
「しょうがないな、よし、ここは私が一肌脱いでしんぜましょう。作るぞ坊ちゃん」
「無視かよ」



だって今更じゃないか。坊ちゃんは坊ちゃんだ。
これでも戦国時代では料理本を書いた女だ。坊ちゃんには散々扱き下ろされたけど。
とりあえず大急ぎで食べてしまおうと、お茶碗に残っていたご飯の上に茶碗蒸しをどばどばっとかける。
そのままかき混ぜて丼のようにして食べたら、脳天にすさまじい衝撃がきた。思わず咽る。



「ごっ…ッ!っげほ、ごほ、ぐふっ」
「俺の芸術品をなんだと思ってんだテメェは!!」
「けほっ、だ、だってこうした方が早く食べられるし美味しいし」
「行儀悪ィんだよ!女だろ!」
「ちくしょうこちとら10年ばかし男だったんだよ!」
「Shut up!」



ぎゃいぎゃい喚いている私と坊ちゃんの横で、元就さんが「…付き合いきれぬわ」と立ち上がった。



「元就さん、帰るんですか。これからプリン作りますよ」
「甘いものは好かぬ」
「甘さ控えめにしますけど」
「ならば置いておけ、明日で良い」



お疲れ様ですーと見送る私を置いて、さっさと元就さんは帰ってしまった。
つれない。でもめげない。今に始まったことじゃあないさ。
じゃあ坊ちゃん作りましょうか!と鼻息荒く坊ちゃんを厨房へと連れ込む。
もう店のピークの時間は過ぎていたので、板さんは快く厨房の隅っこを貸してくれた。



「さあ坊ちゃん、お料理教室の始まりですよ」
「前例が前例なだけに信用がねェな」
「何言ってんですか。プリンなんてお茶の子さいさいですよ」
「Ahー言っとけ言っとけ」



馬鹿にするように半目で笑った坊ちゃんを、とりあえず軽く殴っておいた。
痛ェな!と叫んでいるけどそんなことは気にしない。もう城主じゃないんだから遠慮はしない。
敬語は癖のようなものである。まぁ前よりは砕けてきてはいる。ので良しとする。
勝手に自分の中で納得して、ボウルをずずいと坊ちゃんの顔面に寄せる。



「ここに、筋肉美を見せ付けるように格好良く、しかし繊細に卵を割ってください」
「…Ha?」
「だから、筋肉美」
「…、この前俺が説教したので巫山戯た修飾語には懲りたんじゃねェのか」
「私は別にふざけた修飾語だなんて思ってないですよ」



さあさあ早くと急かせば、小さく「Shit」なんて行儀悪く言いやがった。
元就さんには負けるけど、長くて綺麗な指が卵を包む。わあ、なんだか卵が小さく見える。
そしてそのまま片手で卵をパカリと器用に割る。おおっすごい。



「さっすが、板前見習いは伊達じゃありませんね」
「ったりめェだ。You see?」
「あいしー」



発音がなってねェ、とブツブツ言っている坊ちゃんを軽くあしらって、
ボウルの中に砂糖と牛乳をぶちこんでいく。料理は勘である。プリンなんて特に勘である。
砂糖は元就さんが甘いの苦手だというので少なめにしておいた。



「じゃあ春風のように優しく、しかし時に情熱的に混ぜて下さい」
「巫山戯てんじゃねェ」
「ふざけてませんって」



なんだかんだ言いつつも混ぜてくれる坊ちゃんが好きさ。変なところで律儀なんだから。
料理はね、計算じゃないんですよ。感じるんですよ。と言えば、
俺よりマシなもん作ってから言いやがれと鼻で笑われた。リアルに落ち込んだ。

混ぜれば、後はお湯を入れたお鍋でぐつぐつと蒸すだけ。なんて簡単なんでしょうか。
すが立たないように気をつけてくださいね、と言えば、
俺がそんなヘマするようにでも見えんのか?と自信満々に言われた。反論できなかった。




そうして無事に完成したプリンは、とても美味しかった。感動して涙が出た。
これはなんだろうか、アレだろうか。独眼竜パワーというやつなんだろうか。
次の日に元就さんに献上した時も、「まあ悪くは無い」と言いながら綺麗に食べてくれたので
やっぱり独眼竜パワーはすごいということにした。あんなに美味しいプリンを作れるだなんて。

その後、お菓子作りに興味を持った坊ちゃんにせがまれ、
『料理の腕に自信のあるあなたへ 〜これで貴方もパティシエもどき〜』を書くハメになったのは、
ちょっとした余談である。そしてその度に試食させられることになるのも、まあ、余談である。
…男の体なら大喜びだったんだけどなあ。体重計が表示した数字を見て、コッソリ涙が出た。





09/05/20