パパママ、いないのは分かってるけど聞いて、わたし好きな人ができたのよ。
その人はね、わたしよりも小さくて、黒くて目つきが悪くて
でもとっても強くて格好良くて、ものすっごく冷たい目でわたしを見るの!


「飛影さーん、すき!すごくすき!だいすき!あいしてます!」


わたしは思ったことを全部口にしちゃうから、
飛影さんに会うといっつも愛の告白をしちゃうの。
でもね、そんなわたしを飛影さんはね、すっごく冷たい目で見るの!


「消えろ」


ひくーい声ですっごく不機嫌そうに言う飛影さんからは、物凄い殺気が出てる。
それを肌で感じて、わたしの身体の真ん中はゾクゾクっていつも震える。
怖いから?違うよ、なんだか脳味噌が甘く痺れちゃう感じ。
今すぐ殺されても可笑しくないような冷え冷えとした空気なのに、
頬を赤らめて恍惚の表情を浮かべるわたしを飛影さんはすっごく嫌そうに見てる。
いつもの光景。わたしと飛影さんが出会ったときからの、いつもの光景。


「飛影さんの手にかかって消えられるなら本望です、いつだって黒竜を呼んでください」
「貴様などに勿体無くて使えるか」
「生きたまま焼かれたって構いません。やん、想像しただけで狂い死にしちゃいそう」
「既に貴様は手遅れだ狂ってる、今すぐ死ね」
「ひとりで死ぬのはヤです、でも飛影さんが殺してくれるのなら愛を感じちゃう!ね、すきです!」


心底鬱陶しそうに飛影さんがため息を吐いた。ほんとにつれないの。でもそこがいいの。
そんなわたし達を呆れたように、それでいて面白そうに見守っているのは
わたしのご主人様、躯さん。躯さんはすっごく強くて美しくて、
そんな躯さんがわたしは大好きで、ずうっとわたしの一番だった。
』ってわたしを呼んでくれる、そのやわらかい声がすきだった。
でも、もうどれくらい前になるのか分からないけど、
魔界がばったんばったんし始めたある日、躯さんが飛影さんをスカウトしてきた時。
わたしの中の一番が、躯さんじゃなくなってしまったの。まるで魔法みたいだった。


『飛影、紹介しよう。オレの側近の一人、だ』


そう紹介されて、躯さんの隣に立っている小さな黒い人の目を見て。
古い表現かもしれないけど、びびびっと電流が走ったの。
もう、あれは獣の本能としかいえない感じ。一目惚れってまさにこれのことだわ。
一瞬で、ああわたし、この人になら殺されたってきっと構わないわ!って悟ったのよ。


です。飛影さんっていうんですね!小さいですね!すきです!』


気がつけばそう告白してた。わたし、思ったこと全部口にしちゃうから。
そうしたら、飛影さんから物凄い殺気が飛んできて、
気付けばわたしは反対側にあった壁に吹き飛ばされちゃってた。
うぎゃ、と可愛くない悲鳴を口から漏らして壁に激突したわたしに、
飛影さんは冷たく吐き捨てた。ちなみに躯さんは昔から呆れたような面白そうな顔をしてた。


『殺すぞ』


鼓膜を揺らすその声に、きゅうんって胸が熱くなった。
殴られたお腹がじわりと痛んで、おまけに脳味噌もじわりと熱くなって。
突き刺さる殺気がどんどん身体を熱くして、たまらず熱っぽい息が漏れた。
この人になら殺されてもいいわ、本当に何されたって構わないわ。でもね。


『それでも嬉しいけどできるならば、愛されたいのです!』


飛影さんはそう叫んだわたしの鳩尾を、もいちど遠慮なくぶん殴った。
おかげで意識が朦朧としちゃったけど、わたしは身体が異常に丈夫なのが取り柄だから、
それから飛影さんが何度も『殺すぞ』って言って何したって死にはしなかった。
おまけにわたしはその時まで気付かなかったんだけど、
少し変態ちっくなマゾヒストの性質も兼ね備えていたみたいで、
強い人に甚振られると興奮しちゃう性質だったようで、何されたってときめいてしまった。
あの小さな身体から繰り出される拳がわたしの身体にめりこむ度に、
もっと!って言うみたいにどくんって心臓が高鳴った。ああわたし、目覚めちゃったみたい。

そのうち飛影さんも攻撃するのは疲れるだけで逆効果だって察したみたいで、
わたしが愛の告白をしても、ただ無視するか殺気を出すかになっちゃった。
さっきみたいな口論はしょっちゅうだけど、残念だなあ。さみしくなっちゃった。
でもいいの。飛影さんの姿が見れて、その妖気や殺気を感じるだけでいいの。それだけで幸せなの!
勿論、愛されたらもっともっともーっと幸せになれちゃうんだけど。
あれ、なんだか矛盾してる?でもいいじゃない、矛盾なんて魔界にはつきものよ。





「はあい、躯さん」


ある日、いつもみたいに躯さんに呼ばれてわたしはその場でピョンっと跳ねた。
おしごと?おしごと?とわくわくするわたしの頭にぽん、と躯さんは手を置いた。


「飛影を探してきてくれ、きっとパトロール中だ」
「りょうかいです、まかせてください!」


飛影さんを探すことなんて簡単だわ。らっくしょうだわ。
わたしはそう思って勢いよく外へと跳び出した。
ああ、今日はどんな顔で睨まれるのかしら。どんな罵声を聞けるのかしら。
想像しただけできゅん、となる胸を抑えて、耳をピクピク動かしながら飛影さんの音を探す。
ひょっとしたら、また何処か木の上でさぼっているかも。ありうる。とってもありうるわ。
迷い込んだ人間を殺さずに送り返すなんて面倒なこと、飛影さんが地道にやるはずないもの!


「飛影さん、どこですかぁ?すきでーす」


叫びながら森の中を走る。五月蝿い死ね、って言葉が聞こえてくることを期待して。
でもね、残念なことに聞こえてきたのは汚い人間の心音だった。ヤあね。
わたし今日パトロールお休みなんだけどなァ。でもこの森にゴミが増えるのはヤだしなー。

しょうがない、ね。

わたしは飛影さんを探すのを中断しなきゃいけないことにしょんぼりして、ぽんっと跳ねた。
降り立ったところに居たのは、やっぱり人間。いち、にい、さん。
どいつもこいつもなんだか頭だいじょぶ?と言いたくなるお顔しちゃってる。


「こんにちは人間。迷い込んじゃったんですか?」


わたしが空から降ってきたことにかなーりお間抜けなお顔をしていた人間だけど、
正気に戻ったみたい。ぱちぱち、って瞬きしたと思ったら、ニタァ、っていやらしい笑みを浮かべた。
やん、目が腐っちゃう。口直しに飛影さんの極悪非道な笑みが見たいなァ。


「そーだよオネーサン、オレたち迷ってんだ」
「ここ、何処なの?オネーサンのそれ、コスプレ?カワイーね」
「ねー、オレら困ってんだ、オネーサン案内してよ」


やん、耳も腐っちゃう。口直しに飛影さんの罵声が聞きたいなァ。
現実逃避して飛影さんのことで頭がいっぱいになってたら、汚らしい手がわたしの右腕をぎゅうっと掴んだ。
思わず振りほどきそうになったけど、駄目だわ。
わたし、手加減できない子だから、きっと振りほどいたらこの人の手がとんでいっちゃう!
人間は無事に魔界から送り返さないと。幽助さんとの約束だもの。
ああ、今までパトロールで人間を見つけたら後は麒麟さんにお任せだったツケがこんなところできちゃうなんて。
上手な手加減の仕方を飛影さんに教わっておけば良かった!ほんとうに!
爪も切ってない手がわたしの腕に食い込んでくる。ああもう、やんなっちゃう。
今日は念入りにお風呂に入らないといけないわ。念入りにこすらなきゃ。

どうしたらこの人間を殺さずに魔界の出口まで送れるかしら、と悩んでいたら、
反対側の左腕までもう一人の人間に握られた。や、こっちもヤだ!毛が!いやだわ、生理的にヤだ!
穢れちゃう!目も腕も穢れちゃう!だめ、綺麗な飛影さんを見て癒されたい!ともんもん悩んじゃってたら、
右腕を握っていた人間がわたしの腕を見て、ぴゅうと下手糞な口笛を鳴らす。


「オネーサン、なんでこんな肌白いの?すげ、見ろよちょっと握っただけで真っ赤だぜ」
「マジ?うわ、スッゲー」


舌なめずりをして、厭らしい顔で触れてくる人間達。
白いのは生まれつきなの!刺激ですぐ赤くなっちゃうのもそういう種族なのほっといて!
人間の力なんてね、痛くも痒くもないけど、ああもう駄目。わたし我慢強くないもの。
幽助さんごめんなさいわたし人間を殺しちゃう…!


「何を人間如きに手間取ってるんだ」


全身をふるふる震わせるほど限界だった鼓膜を揺らしたのは、待ち望んでいた声だった。
飛影さん!とわたしが叫ぶと同時に、ぶわりと心地良い殺気が肌を滑る。
ああ、これよ、これなの!わたしが望んでいたのはこれなの!汚い人間じゃなくて!
きゅんと高鳴った胸を抑えると、ばたばたばたとわたしを囲っていた人間が地面に転がった。


「あれ?死んじゃった?わたし無意識に殺しちゃった?やだ飛影さんどうしよう!」
「貴様の耳は節穴か、よく聞け」


そう言われてよくよく耳を澄まして聞けば人間達の心音は正常に動いていた。


「何もしてないのに気絶しちゃったの?人間ってなんて弱いの!」
「その粗末な脳みそに叩き込んでおけ。大概の人間は殺気で意識を飛ばす」


そうなんだ!なんで躯さんは今まで教えてくれなかったんだろう!
衝撃の事実にぱちぱちと瞬きをしていると、飛影さんは無様な姿で転がった人間を綺麗に蹴飛ばした。
少し羨ましいなんて思っちゃったり。いいな。わたしも久しぶりに飛影さんに蹴られたい。
バゴス、という音がして、人間達は次々と魔界の出口の方へ飛んでゆく。


「今の、死んじゃいません?」
「アバラが折れたぐらいで死ぬか」
「なんだァ、ちぇ。じゃあわたしも一発やっとけばよかったです」
「下手糞がやると穴が開く。やめとけ」
「はあい」


ふてくされて返事をしたわたしを、珍しいものを見るかのように飛影さんが見てる。
いつも馬鹿みたいに飛影さんを追っかけてるわたしだけど、
何されても言われてもめげない笑顔のわたしだけど、たまには怒ったりしちゃうの。
やだ、もう、飛影さんと躯さん以外の人にこの身体に触れて欲しくなんてなかったのに!
よりによってあんな人間に触られるなんて。世の中って思い通りにいかないわ。ねえ?パパママ。
でも今は拗ねてる場合じゃないのよ。だって飛影さんの次にだいすきな躯さんが待ってるから。


「飛影さん、躯さんが探してたんです。一緒に戻りましょう」


そう言って手を差し出す。即座に払われると思ったんだけど、
予想外に飛影さんはわたしの赤く染まった腕を見て眉根を寄せた。
目つきの悪い顔が余計に悪くなる。でも、そんな顔がたまんないの。すきなの。
すきなんです!と心の中で高らかに叫んでいると、ぐい、と腕を引かれた。


耳元で囁かれた、飛影さんのいつもの冷たい鋭利な言葉。


「ふざけるな、貴様の肌を染めていいのは俺だけだ」


同時にぞわりと全身を撫でた殺気に胸が爆発するほど熱くなって。
ねえひょっとして、ひょっとしてこれが、愛されてるってことじゃないかしら!
わたしはたまらず魔界の森中に響き渡る声で叫んだ。


「飛影さーん、すき!すごくすき!だいすき!あいしてます!」
「黙れ殺すぞ」


そしてわたしを冷たく睨むそんな貴方にノンストップアイラブユー!





09/09/16